展覧会の絵 5:第3プロムナード(1)

 場面の変化。美術館を入って直ぐに目にした絨毯と同じ色彩が迫ってくる。ただし、入り口よりも奥まっているためか、どこか重厚さが付随しているようにも感じた。愉快な絵としっとりした絵を目にし、次に飛び込んでくるのがなんだろうと胸が高まるのがわかる。
 美術館の構造は、きっとどこも同じだろう。まっすぐな通路と飾られた数点の絵。しばらくして広い部屋にやってくる。さしずめ、この第三プロムナードはその部屋をイメージしているんじゃないかと、僕はなんとなく考えた。たぶん、閲覧者の人数も増えているはず。
 そんな第三プロムナードは、第一プロムナードよろしくトランペットの輝かしい音色から始まった。そして、直ぐに被さるトロンボーンのハーモニー。第一が始まりを告げるファンファーレで、第二がゆったりとした木管とホルンの囁きとするなら、この第三プロムナードは、はっきりと「別の部屋へ行くよ」ということを知らせてくれる合図にも感じられるだろう。
 トロンボーンに続いて、高弦が更にやってくる。しかも、これまでと異なり、上昇―下降だったフレーズが、一気に上へ上り詰めるアレンジがされていた。美術館でたとえるならば、高い天井だろうか。
「はい、一旦止めて。トロンボーンだけ。もう一度」
 久しぶりに、指揮者による指示が出る。練習を開始して間もないが、この時点でなかなか指示が出るのは少ない。大抵、まずは全体を流すことが多いからだ。実際、今日のメニューは全曲対象なのでそこまで細かいところはやらないだろう。次回からはおそらく曲を抽出して練習になるはずだ。
 合奏の練習は大きく分けて二通り。他の団体のことはわからないし、いわゆるプロオケやプロ指揮者だと違うと思うけど、僕たちみたいなところだとさらっと通し練習をするときと、抽出するときとがある。今日みたいに練習を始めて間もない場合は個人練習が足りてないということもあり細かい音のミスは見過ごされる場合も多い。
 トロンボーンのハーモニーが場を支配する。明るく、華やかな景色だ。
『君との思い出が、よみがえるよ』
 ムソルグスキーはそんな風に言うだろうか。あまり彼のことをよく知らないからわからないのだけど、友人の遺作展を歩く気持ちはどうなのだろうか。
 これほどまで明るい曲を仕上げた理由はなんだろうか……。

 幸いにして、トロンボーンのメンバは既に個人練習はしっかり済ませていた。ハーモニーはほぼ合格点。 「んー、セカンド、ちょっと弱いかな。もう少し出して。あと、ファーストは小さくして」  どの楽器でもそうだが、音が高ければ高いほどどうしても突き抜けて聴こえてしまう。和音はちゃんと主役になる音が決まっているから単純に高い音が大きくなっているということもだめだ。
 なので、さっきみたいな指示が出ることも特に不自然ではない。えへへ、とファーストバイオリンの大田さんが軽く自分の頭を小突いた。僕よりもずっと年上のはずなのに、若くてかわいい。
「僕はね、君のこの絵が好きだ。この展覧会は、きっと見るものの心を打つだろう。老若男女、様々な人たちが君の作品を見る。でも……僕はやはり、悲しいんだ」

 想像する。
 第一プロムナードよりも軽やかではないけれど、明るくて、そして……最後のピチカートが。
 それが、ムソルグスキーの心の中に眠った本音に感じた。

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