本番であればすぐに次の曲……グノーム(こびと)へと場面を変えるのだが、練習はそういうわけではない。一旦通した後は、その日の音量バランスや、当然音程などを指示していく。各奏者のコンディションや、代奏者が誰であるかなども含めて指揮者は今日一日の練習の采配を決めていくのだ。プロオケであれば、練習を休む人などほぼいないだろう。アマオケだからこそ、余計に人数にも奏者にもばらつきが生じてしまう。
すべてのアマチュア・オーケストラがそうであるとはもちろん思っていない。自分たち、学生オーケストラのメンバーが軽んじているとも思っていない。だが……出席率の低い環境は、時に人のモチベーションを低下させる。
「トランペットのソロのあと、トロンボーンの和音から。……今日は全員ホンモノ?」
指揮者が尋ねる『ホンモノ』というのは、代奏者か否かを確認するためのものだ。
「はい、今のところ、この三人になる予定でいます」
楽器を構えたまま、トロンボーン奏者の小森(こもり)が答えている。
「そうか」
音を確認している間、僕の脳内は夢の中へとトリップしていた。
『佐々木君、もし僕が死んだら、君はどう思いますか?』
奇しくも親友になってしまった男の……先の言葉が反芻される。あの時は、博士課程に進学したことを引き合いにしてからかったが、彼に限って挫折するなどというのは考えられない。この、『彼に限って』という発言は、時としてとんだお門違いであったりするわけだが、やはり六年間も見てきた様子からはそんなことはとても想像ができず、九十九パーセントの確率で自信だってある。
それならば、何故そんな発言を突然したのだろうかと……やはり考えるが、それこそ無駄な時間であるため、思考は止めた。それと同時、遠くのほうで音楽が聞こえてくる気が、する。
そこで、今が合奏中だということを思い出した。
『やば』
幸いにして、自分たちの出番はまだのようだ。ずいぶんと長時間考え込んでいたようなきもするが、実際の時間の流れはそれほどではなかったようである。
精神世界から引きずり出されるように、木管の甲高い音が響く。
音程は、イマイチ。
……展覧会の絵。ロシアの作曲家、ムソルグスキーによる、ピアノ組曲だ。作曲のきっかけとなったのは、彼の親友の死。画家であった友人を若くしてなくしたムソルグスキーが、その遺作展に飾られた絵をイメージした音楽である。
冒頭のこの、『プロムナード』は、絵を指しているのではない。さしずめ、美術展を歩くムソルグスキーそのものの様子を表現したものだろう。現にこの組曲の中で、プロムナードは姿を変えて何度も現れる。
それは……重く、悲しい。
第一プロムナードの、響き渡るトランペットの姿ですらどこか憂いを帯びた音色だ。
慈しむべき存在……。
楽器を構え、合奏に混ざる。
まだ、僕には、人の死を受け止めるのには若すぎた。