展覧会の絵 1:第1プロムナード(2)

 その、合図に。
 楽器を構えたのはトランペットただ一人。
 それまで場に潜んでいたざわつきは一気に消え、空間をその音色が支配する。決して行進のようなメロディではない。けれどもそのひとつひとつの四分音符は、確実に『誰か』の足音を感じさせる。たぶん、始まりはひとりだったんだろう。重い扉をゆっくりと開ける。観音開きとなった茶色のそれが、その先に伸びる真っ赤な絨毯に映える。
 トランペットに他の楽器が重なった。部屋の中はまっすぐで、真っ白な両端の壁には額縁に入った絵画が並べられている。そのひとつひとつの絵が、きっとかけがえのないものなのだろう。男は、目を細めてそれを眺めた。
 彼以外に客はいなかった。個展の開幕は明日であり、画家の親友である男は先行してここへ訪れている。若いながらにも才能あふれる絵に触れたいと思いながらも、それは決して出来ぬと指先を宙にさまよわせていた。
 だんだんと、スタッフもやってきたのだろう。ばたばたと足音が響く。それまでソロ・メロディだった曲にも重厚な弦楽器による対話が重ねられた。山なりに激しく、しかし音は悲しくも、儚い。一瞬のうちにピアニシモに姿を変えると、小さな鳥のようにオーボエ、フルートが響く。
 呼び声としたのだろうか。歩みを止めていた男が再び、前へと進む。数十枚に渡る、親友の絵。男はこれからそれらを目に焼き付けるのだ。5/4拍子と6/4拍子が交替し現れる主題旋律。まさに『散策(プロムナード)』の名にふさわしい、始まりが。アンサンブルによってしなやかに終わりを告げた。
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 そして、彼の『遺作展』も開幕する。

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