「佐々木君、もし僕が死んだら、君はどう思いますか?」
不意にかけられた言葉は、これまた突拍子もない内容だった。思わず大きく口を開けて、眉間にしわを寄せてしまう。
「佐々木君、変な顔してますよ」
うん、自覚はある。
佐々木、それが僕の名前である。さっきの、よくわからない発言の主は赤池俊。真っ黒な髪の毛を適当に切っている程度なのだが、細身のこいつはなんだかそれだけで高貴に見えるから小憎(こにく)らしい。
「なんだよ、もう博士課程に挫折か?」
僕の言葉に、赤池はうぅん、と唸りながら首をテーブルに下ろした。お世辞にも綺麗とはいえないこの部屋は、大学のサークル部室。かろうじて僕達が昼ごはんを広げられるスペースを作ったものの、紙類や筆記具などがそこらじゅうに散らばっている。僕達がここにいた頃と見た目こそ変わったものの、その様子だけは全く変化がない。
「いえいえ、研究は楽しいですよ。佐々木君こそ、就職してからどうですか?」
逆に質問される形になって、僕は宙を見上げた。
「まぁ、まだ研修しかしてないから……なんともいえないなぁ」
僕と赤池は、昨年大学院修士課程を卒業した。僕は一般企業に就職し、赤池は大学に残って研究を続けている。
卒業したはずの僕らが此処、大学のサークル部室にいるのには理由があった。
「そうですか。おっと、練習の準備をしないとですよ」
部室の壁にかけられた時計に目をやると、時刻は十三時を指していた。ちなみに、今日は日曜日。
僕達は、ちょっとした楽器をたしなんでいる。
いわゆる大学のサークル活動である学生オーケストラは、基本的に大学三年の冬か四年の夏で引退する。僕達は、四年前の冬に引退した。趣味の範囲で行っていたこの音楽活動を、引退後も続ける人は……意外にも多い。市民オケやそれ以外にも有志によるアマチュアオーケストラは世の中にごろごろと転がっていて、実力の差はあれど、基本的には入団歓迎である。
それでも、見知った仲間ともう一度やりたいと思う人は少なからずいる。そういった学生の団体を引き継ぐことが出来る、それがOBによる団体だ。
僕と赤池はT大学OBオーケストラに所属を変更し、当然社会人の人もいるわけなので、日曜日に練習に来たというわけ。
「もうそんな時間か……」
胡坐をほどいて、僕達は部室を脱出した。
OBとなってもやっていることはまるで変わっていない。練習日に集まり、合奏ないし分奏を行う。結局のところみんな楽器が好きなのだ。そして、自分の出身校である団体には思い入れがあるのだろう。
「今日は……バイオリンは1プルトか……」
指揮者の小寺さんが、指揮台に立ちため息をついた。
金管楽器のホルンを担当している僕は、指揮者と向かいあうと彼の左手側に位置している。ちょうど隅っこで、ほぼ全体を見渡すことが出来るといっても過言ではない。
本番と違って練習場には段差もなく、前後の距離も狭い。目の前にはちょうどバイオリンが位置する……のだが、
『四人、か』
指揮者の近く。取り囲むようにして四人の男女が座っている。そのうちの一人は赤池だった。
学内での授業後に行われる現役生のサークル活動と社会人オケの一番の相違は、出席率だった。平日に必死で仕事をしていれば、休日を自分の時間として使いたい人も多いだろう。月に四回しかない貴重な日曜日のうち、日中も日中な十三時から十八時という時間は人間にとっては活動の中心になるに決まっている。
練習が始まってすぐの時期の出席率などこんなものだ。
差別をするつもりはないのだが、特に弦楽器は自分が一人いなくたっていいという思いが強いのだろうか、出席率が他に比べて低い。もちろん、一概には言えないのだけれど……。
「まぁ、そういってもどうしようもないか。じゃあ、とりあえず頭からやろうか」
失笑をこぼして、悲しそうな瞳の小寺さんが指揮棒を構えた。