閑話休題・チューニング

 クラシックをあまり聴かない人が初めて演奏会に行った時に疑問に感じる点が大きいもので二つある。
 一つ。演奏終了後、拍手を何度もする、そうすると一度引っ込んだ指揮者が再び現れる。以下繰り返し。先日友人を招待した時に、
「何であの人出たり入ったりするの?」
 と聞かれた。返答に困った。残念ながら僕にも分からない。それが当然という風習になっていたのでね。
 でも、もうひとつの質問には答える事が出来た。
「演奏の初めに指揮者の左の人が立ち上がって、バイオリンをキィーって弾くじゃない。でもって黒い縦笛の人もピーって吹くじゃない。その後みんな一斉にバーって吹くじゃない。あれ、何の意味があるの?」
 って、奴は聞いてきた。
 キィーはともかく、ピーとかパーとか、あげく黒い縦笛だなんて、本人が聞いたら怒りそうだ。っても知らない人からしたら知らないんだから仕方ないよな。

 僕は高校時代吹奏楽部に一応所属していたので(何故一応とかわざわざ明記したのは理由があるんだけど、今回は関係ないのでスルーしておく)、管弦楽とのちょっとした違いなんかも明記しておく。
 チューニングって言うのは日本語で言えば「調律」が相応しいかなぁ。
 演奏前に、みんなの音程を揃えるってわけ。
 吹奏楽だとクラリネットが基準になって、「B♭(変ロもしくはシ♭の音を指す)」の音を出す。その音にみんなが合わせるんだ。
 全然タイプの違う楽器が同じ音を出すんだけど……これがもう、大変。

「なんで? 同じ音だすだけなら簡単じゃないの?」
 コカ・コーラを飲みながら能天気に聞いてくる。僕はカフェオレを持たない手を左右に振って否定した。
「クラリネットはB♭調楽器っていって……ええと、リコーダーを想像してね。穴を塞がないと出る音が「B♭」なんだ。でも、それって楽器によって違うんだよ。そんなわけで同じ音出すっていっても思ってる程簡単じゃないんだよ」
「ふーん。で、オーケストラだとまた何か違うの?」
 ……どうも飽きて来たらしいな、こいつ。
 自分で聞いておいて……。ちょっと殴りたくなったが僕は一息ついて再び話し始めた。
「オーケストラだとね、その音が「A(イもしくはラの音を指す)」になるんだよ。てことはさっきのリコーダーだと、穴を塞がないといけないよね。ということは音を出すのが余計困難になるってこと」
「わかるようなわからんような」
「まぁ、大事なのはこれじゃないから分かったふりでもしておいて。重要なのは管と弦の違いなんだ。
 いいかい、管楽器は吹き続けると温かくなる。そうすると中の振動数が変わってくるから、音は高くなってしまうんだ。
 ところが、弦楽器は弾いているうちに弦を固定しておいた部分が緩んでくる。そうすると張りが弱くなっちゃうから」
 友人はいつの間にか缶を地面に置いていた。ポンと拳で手のひらを叩く。
「あぁ、音が低くなるのか」
「正解」
 さすが理系なだけある。キチンと物理を勉強しているのがわかるなぁ。うむ、偉い。
「性質の違う二つの楽器は、演奏時間が経てば経つ程距離が開いていくんだ。だから、長い交響曲では途中でチューニングをしたりする。あとは、弦は曲中の調整が難しいから、管楽器が歩み寄ったりするね」
「ふぅん、お互い優しいんだな」
「そういうこと」

 話はそこで終わり、と言わんばかりに僕はベンチから腰を上げた。
 近くにあったゴミ箱に自分の分と、奴の分の缶を投げ入れる。
「サンキュー」
 交わされる言葉はその程度。
「そういえば、再来週にサッカーの試合あるんだよ。佐々木暇? 応援に来ない?」
「そうだねえ、じゃあ行こうかな」

 人間関係にもチューニングは必要なんだよ。
 自分の事ばっかりだったら相手は離れてしまうに決まってるんだから。

 僕は小学校からの友人の隣を歩きながら、彼の背中を小突いてみた。
「なんだよ、気持ちわるいな」

 なんとでも言うといい。
 これが僕の音程調節。

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