展覧会の絵 9:卵の殻をつけた雛鳥の踊り(1)

 開けたその先で迎えた絵はとても華やかなものだった。プロデューサが本人でないのは自明なのだが、構成者はよくわかっていると思う。飛び込んできたのは、小さな鳥の絵。バレエ用に描かれたスケッチが元となったこれは、生まれたての雛たちが周囲に殻を巻き散らかして騒ぎ立てる様子を描いていたという。
 ムソルグスキーはそれを、木管と弦楽器によって表現した。表現するなら、滑稽だけれど『ピーチクパーチク』。アップテンポ・スタッカートで一気に見る者聞く者に光を与えてくる。
 僕の出番はないのだが、曲に合わせてファースト・ホルンは上昇系の音を鳴らした。
 金管楽器で歯切れの良い細かい音を出すのはなかなかに難しいのだけれど、やはり田山は難なくこなす。木管に混ざっても何ら違和感のないホルンだが、それを一層色濃くさせてササっと現れては消え……まるで雛をあやす親鳥のようだ。
「ストップ。もう一回、木管だけ」
 流れていた曲が、指揮者の指示によって止まる。ちらりと時計を見れば、練習時間の残りは半分を切っていた。今日は全曲を流す、と言っていたから細かい指示は出さないということは知っていたけれど、それでもギリギリのペース。
「手が追い付かないかもしれないから、自主練しておいて。ちょっとゆっくりやってみよう」
 木製の指揮棒が、指揮者用の譜面台にカツカツとぶつかる。テンポを落として、鳥たちがスローモーションに動く。
「ゆ、ゆっくりのが、キツイです……」
 弦楽器や木管楽器のように複数の指を使うことに比べたら、金管楽器は限られた動きだけで済む。その分唇周りのうごきが重要になってくるが、それは木管も同じだし、弦楽器は左右の手で違う動きをしているのだからお互い様だ。
 そういう場合、僕たちはある程度スピードがあった方が苦しくなかったりする。上昇系の音ならなおのこと、吹きやすいことだってある。
「田山なら楽勝だろ?」
「そんなことないですよ」
 いつものノリで言ってくる。やはりいやな気分にならないところが不思議だった。
「ていうか、木管だけって指示なのに、オマエ吹いたの?」
「そうなんですよ、間違えて吹いちゃいました」
 曲が始まったら音が少ないのなんて気づきそうなものなのに。そんな、うまいんだけどどこか抜けているというその姿はなんだかとても好感を抱けた。
 雛鳥だけではない、未熟な見習いバレリーナ。ちょこまかと動く鳥たちは修行中のそんな若い人たちのようで、寂しかった心に少しの明るさをうまい具合に持ってくるのだ。音楽の構成は、やはり奥深い。

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