+ Chapter 1_2 +

「だからね、和也。聞いているの?」
「聞いてるよ」

ブルーの絨毯、スキンカラーのダイニングテーブル。小さな、それでも新築ならではの整然さをまとったその部屋で、和也はフォークを加えていた。

もぐもぐ、と口の中に何かを入れた状態で返事をする。彼のそんな様子を見かねて、向かいの女性−−先程声をかけた人物が吠える様につっかかる。

「フォークで人を指すなって以前から言ってるでしょう? まったく、夏休みに入ったからってたるんでるんだから……」
「たるんでるのは母さんのお腹だけで充分だよ」

持っていたフォークでプレート上の麺をくるくる、と器用にまとめあげた。既に食事を終えて飲み物に手をつけていた女性がかっとなって立ち上がる。

ガチャッ ギギッ ガタンッ

その擬音だけで様子は明らかだった。高校生の親にはとても思えない若さを持つ彼女は、自分の食器だけを手にして側のキッチンへ移動していった。言葉は一切発しなかったが、その眼孔だけは鋭く和也を見つめている。その視線を辛く感じたのだろう、和也は恋人を見るかの如き強いまなざしで皿に向かいあうことにした。

『それにしても、我が母にしてなんだが、魔女みたいだよな』

ロマンティックな発想は自分には無かったのだが、いつまで経っても年をとるように見えない母親がたまに恐ろしくなってしまう。先程の視線もさながら童話にでてくる魔女のようであると感じていた。

若い生き血をもって自分の美貌を保つ、不死の吸血鬼………。

「いてっ」
「また良くないこと考えてるわね? もう、この間プールにいってから和也はぼーっとしてばかり。早く食べちゃって、お父様の物置の整頓しちゃってよね」

ひりひりいたむのは、齢四〇代には思えない拳によるものだ。なんということだ。これでは魔女もへったくれもない。自分の思考がなるほどバカバカしいと実感する。

大体、母親の言うとおり、彼女の父親は立派な日本人で……そう、先程の物置は彼の遺産だった。

ずるずる、とお世辞にも行儀良いとは言えない音を立てて麺を書き込む。その拍子で白色の液体が肌色の木造家具に汚れをもたらしたがそんなことは気にすることではない。

「ごち」

軽く唇をぬぐって、食器をカウンターに預けた。ダイニングに面した窓に寄っていき、先程の作業を続けようと庭に出る。

『魔女、かぁ……』

祖父の遺品の整理だったり、先日のプールのせいもあってか、和也の思考はどうにも非現実離れしていた。

←previous | ↑top | →next

ご意見・ご感想お待ちしています。→Web拍手メールフォーム

Copyrights (c) Arisucha All right reserved.