+ Prologue_3 +

だが指摘は全く見当違いであり、彼女が驚いているのは言語の問題ではなく、彼自身の出現に関してに尽きる。おそらく彼の言う『今まで会った人達』も同様の理由で腰を抜かしたに違いない。まあでも、言われてみればどうして日本語が通じるのか気になるところではあるが。

「お主、名乗らんと我が勝手に呼び名を決めるぞ。早う名乗らんか」
「なんでそんな偉そうなのよあんた」

悩んでいても仕方がないので話してみる事にした。幸い言葉が通じるんだし。偉そうだけど。

「む。一度ならず二度までも失礼な発言を。偉そうと言ったな。我は今日は十分普段より抑えておるぞ。こっちに来る前に散々注意されたからな」
『……』

少年は言いながら立ち上がった。お世辞にも綺麗とは言えない歩道橋の上に座っていたにもかかわらず、服装には汚れ一つ付いていない。腰に手をあて仁王立ちの姿勢をとっている。このままでは話が進まないため、女の方も服を叩きながら立ち上がり、

「伊藤蘭(らん)よ」

と名乗った。何故かそこで少年は表情をゆるめ、軽く笑った。

「ふむ。ようやく名乗ったか。お前ほどの人間は初めてだ。その勇気に免じて一目置いてやることにしよう。ではラン、お主は約束通りしばらく我と一緒にいる権利が与えられるぞ。考えを決めるまでの間、存分に我の世話をするといい」
「はぁ?」

いよいよ何を言っているのかが分からない。そもそも約束とは何なのか。というか名乗ったのに結局彼は名前を言っていないではないか。数多くの質問が蘭の頭を埋め尽くす。

「くしゅんっ」

ついでに寒い。くしゃみをした蘭の様子に気付いたのか、少年は小首をかしげて右手の親指をパチン、と鳴らした。たちまち蘭の冷えきった体は熱に包まれ、吹く風を感じなくなった。

「わ……こ、これあんたがやったの?」
「うむ。このくらい朝飯前だ」

再び腕を組んでふんぞり返る彼を一瞥して、今更ながら蘭は奇妙な現象に身を震わせた。だって、こんなことはあり得ない。こんなの現実にあり得る訳ない。

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