+ 第一章 藍色の悩み +

- 5話 確かに現実で……非現実的 -
「ちょ……ちょっとまって。どういうこと?」

人間は驚いたときは、まずパニックになる。続いて、怒る。これが先ほどの杏子だ。度を超えると、今度は笑い出す。そして、それ以上になると、もはや冷静になる。

これまで、杏子はどこか嘘だと思っていた。突拍子もない服装も、わけのわからない発言も。けれど間違いない、これは現実に、自分の部屋だ。

土足のままだということに気づき、スニーカーを脱いだ。杏子の家は二階建ての一軒家で、玄関に行くには階段を降りる必要がある。玄関からすぐ階段があるため、まっすぐ部屋にいったと言えば親への言い訳も立つだろう。わざとらしく音を立てて階段を降りる。玄関の鍵は第一錠のみがロックされていたので、第二錠と、それからチェーンも引っ掛けておいた。

「そういえば」

少年の姿はなかった。あったらあったでこちらは言い訳の仕様がないので困るのだが。

「名前、結局教えてもらってないや」

寝てしまえば、きっとこの夢も覚めると。杏子は思いながら寝支度を開始した。

 

◆◇◆◇◆

 

母親には「いつの間に帰ったのか」とかなり聞かれた。無理もない。こちらからはなんの連絡もしていないし、扉の物音すら発していない。幸いにして、ちょうど入浴中だったから聞こえなかったのだろうというところに落ち着いた。山崎家の風呂場は外に向いているためそれでも音が聞こえないのに懸念はあるのだが、実際に杏子は帰宅していたので納得するしかなかったようだった。

今日は金曜である。さくっと授業を終わらせれば休日だ。本来ならば、杏子や生徒の一部には部活動というものがあるが、彼女は休む気でいた。

 

 

 

昨夜の非日常が嘘のように、一日が経過した。あれは夢だったのではないかと、杏子も思い始めていたのだが、

「なあ、昨日の夜、T町のあたりですっげー爆発あったって知ってるか?」

その、クラスメイトの発言に体がびくりと跳ねた。

「そんな爆発あったならニュースくらいになるだろ? 見間違いじゃねえの?」
「そうだけどよ、俺のじーちゃんがそういうんだもん。犬の散歩してたら光ったって」
「じーさんがボケてるんじゃないのか?」

結局彼らは今夜のバラエティ番組に話題をシフトさせたため再びその光について会話することはなかった。しかし、杏子の心拍数は確実に増えていた。カバンを持つ手が湿ってくる。

「T町って、杏子の家のあたりじゃない? 知ってる?」

噂の好きな女子という生き物は、こういったネタに対するアプローチも忘れない。高鳴る心臓の鼓動をばれないようにゆっくりと沈める。

「うーん、見てないなぁ」

うまく言えた。震えもない。それもそっか、ありえないもんね、と友人が話を変えた。

違う、ありえないけど。あれは現実なんだ……。杏子だけがそれを感じていた。

 

 

 

そこからの時間の流れは遅かった。早く、早くと思うのに、たった一時間の授業が重かった。こういう日に限って、ホームルームの議題も長く、それがより一層苛立ちを募らせる。

「早くしろよー」

幸いにも、そう思っていたのは杏子だけではなかった。定期考査がひと段落し、部活動もないこの時期は学生たちにとって絶好の遊ぶチャンスなのである。

瞬く間に議題は収束に向かい、さてクラスが解散した。荷物を片付けて、いざ校門へ向かう。今日は沙也加と寄り道の予定だ。最近オープンしたセレクトショップへ冷やかしへ。なんてことない予定である。

校門前にまだ彼女の姿はない。側の植え込みにもたれつつ、待った。カバンから携帯電話を取り出す。

「おい、キョウコ」

携帯電話の画面にはシートを貼っていた。鏡面加工されたソレに、杏子の顔と金髪少年の顔が映る。

「!」

思わず、反射的に画面を閉じた。振り向く。やんちゃ者のように、少年は木に登っていた。例のマントあたりが木々に引っかかりそうであったが、何故か傷ひとつない。

「うぬ?」

慌てる杏子の姿が理解できないと言わんばかりに、少年が小首を傾げた。きょろきょろと杏子が周囲を見渡すが、誰もそれを気に留めない。どういうことだろう……? 悩んでいたかったが、もうすぐ沙也加も来てしまう。頭を抱えた。

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