「……いってらっしゃい」
「なんだよ、よろこんでくれねーのな」
「うっさいわね。喜んだじゃない、こないだ」
いつものように、罵声をとばしあう二人何気ない風景であったが、場所が違った。空港。
学者は留学が決定。桜もまだ咲き残るうちに、此処をたつことになった。
「有名になりなさいよ」
「いわれなくとも」
「……戻って」
「え?」
「……戻ってきなさいよ、たまには」
普段人の目を見て話す彼女だったが、この時ばかりはうつむいて、小さな声で呟いた。
「ほ、ほら、教授とか、寂しがると思うし」
「一番寂しいのはお前だろう?」
「違うっっっ!!!!!!」
いつものにやにや顔だ。叫んで、またうつむいてしまう。
「あんたは知らなかったかもしれないけど、講議人気高かったから、けっこうみんな好いてたのよ。だって、それももらったものでしょう?」
彼は大きな花束を抱えていた。しかも、ひとつだけではなく。
「信頼されてるのよ。うらやましいわ」
「うらやましがってるだけじゃ何もできないよ」
「まあ、そうだけど。そんなことより……」
顔をあげた。ちゃんと言わなきゃならないと思った。
「あたしが寂しくなるのよ。あれだけ一緒にいたんだもの、白科が寂しくなっちゃうじゃないの!」
二人の中での時間はそこだけ止まってるようだった。
学者は言葉の意味が理解出来ないのか、瞳をぱちくりとさせて、宙を見つめている。
「……責任ととれとは言わないから……だから」
ブーーーーーーー
女の言葉が終わらぬうちに機内放送が入った。
気付いているのかいないのか。確信犯とよぶにふさわしい彼は何くわぬ声で続けた。
「あ、行かなきゃな。で、続きは?」
「……大したことじゃないから、いいわ」
本当は大したことなのだが……これだけ冷静に返されると、恥ずかしくて続きを言うことなんてできやしない。
それをも見越していたのか、学者は突然思い出したように手をたたいた。
「そか。あ、そうそう。目標の話だけど」
「何、突然」
「俺も昔白科にいたよ」
学者のその言葉に彼女が驚いて目を見開いた時には、視界にはすでに背中しかなかった。まわりの人間も、慌ただしくホームに入ってゆく。
いつしか教授は言っていた。彼は特別じゃないと。
「ねえ!」
女研究員が思い切り叫んだ。
「あたしのほうが、遊びに行ってもいいでしょ!」
彼は右手をあげて、それに答えた。どういう意図かは分からなかったけど、あるきながら、手ふっていた。
背中は遠ざかって行った。
言えなかった台詞は『精神力を強くしたら、追いかけてもいいか』ということ。
泣く理由も、その原因もよく分からないまま、ただただ女研究員はそこで泣いていた。ずっと、しばらくのあいだ、ずっと。