15. Then, the cherry blossum season comes. - 2

 女研究員は迷わずに講義室へ向っていた。
 試験の事をしらなかったとか、最近ずっと顔を見せて無いだとか、部屋が汚くなってしまったとか、言いたいことは沢山あったけれど、そんなものはもうどうでもよかった。 言える間柄でもない。 おくれて行った彼女だったので、ホールの後ろの入り口から入る。ゆっくりと、邪魔にならないようにそっとドアを開けた。
 講議を聞く人は、もはやホールでは足りないくらいで、立って聞いている人もいた。
 教壇の前で、白衣を着た青年が熱弁をふるっている。学者だった。
 その学者の姿をなんと言い表わそうか。
 講議の内容そのものを越えて、その声が頭にガンガンと響く。 見ないうちにいつのまにこんなにすごくなってしまったのだろう? ますますいたたまれない気持ちになった彼女は、ホールを出た。



 講議が終わって、ひとり座っていた白科の研究室の前の廊下で、足音がする。学者だ。
「や」
 そんなことを言いながら入ってくる姿。もちろん、御機嫌の様子である。
「久しぶり」
 目を赤くして、女研究員が呟く。
「成功、したみたいね」
「おかげさまで。……しっかし、随分と汚くなったな、部屋」
「うっさいわね、誰のせいだと思ってんのよ」
「は、俺のせいなの?何で?」
「何でって……」
 ぽろ。
 女研究員の頬を何かが流れた。今までの他愛も無かった会話、久しぶりの会話。 ほんのちょっとの間一緒にいただけで自分がこんなに安らぐなんて思ってもいなかった。 どうしてこんな気持ちになるのか、分からないけれど、胸が締め付けられた。
「……泣いてんの?」
 声の調子も表情もそのままに、彼が言う。からだを少しだけまげて、女研究員と同じ高さに視線が来る。
「うっさいわね!」
 強がりしか言えない、へんなとこでいじっぱりの女はただそう言い返すことしか出来なかった。
 彼は何も言わなかったし、手も出さなかった。ただ、ずっとそこにいてくれた。
 ごしごしと、白衣の袖で涙を拭う。 それでも、止まることは無かった。しばらく、ずっと。