14. Then, the cherry blossum season comes. - 1

「大講議?」
 桜が咲き始めたその時期に、女が言った。
「そ、大講議。市の方から人が来るんだって。聞いて無いのか?」
「最近来てませんし……」
「そうか」
 そっぽを向いて喋る彼女に教授はなんとなく意外そうな感じでそんなことを呟いた。
「だからこの部屋もこんなに汚くなってるのか……」
「大きなお世話ですよ教授。どうせあたしは面倒くさがりですよーだ」
 冬に比べて一段と汚くなった研究室。物が増えているため、以前一人で使っていた時よりもそれは激しい。女研究員本来の机はすっかり汚くなっており、学者の机もそろそろ危ない。
「……元に戻ったな」
「何がですか?部屋の汚さですか」
「いや、お前が」
「は?」
 突然わけの分からないことを言い出す教授に女研究員が眉をひそめた。
「なんかさー、活き活きしてたろ、学者と一緒に過ごすうちに」
「……そうですか?」
「ああ、随分と違ったぞ」
 一瞬戸惑った表情を見せて、女研究員は口をきゅっと結ぶ。言われて複雑になったそれは、どうにも表現出来ない感情。
「……にしたって、最近来ませんもん。すっかりと」
「でも、講議には出てるんだろ?」
「行ってません」
「変なとこでいじっぱりだなー」
「………………ほっといてください」
 ますます口調が刺々しくなってゆくのを自覚する。
「まあでも、あいつも今年試験らしいからな?」
「え?」
「なんだ、知らなかったのか。とうとう受けるんだと、留学試験。まあ、今回の講議で高い評価をえて、後は一年後の本試験だろうな」
「あ、そうです、か」
 刺々しかったその感情も今では消え失せていた。なんともしれない思いにかられた。あと一年?一年たったら学者はこの白科を訪れることは全くなくなると言うのか?まだ、まだ自分は何もつかめていないのに。なにも貰って無いのに。
 思いつめた表情だったのだろうか、教授はしばらく女研究員から目を話さなかった。
「じゃ、むこうにいっとくよ。研究も大事だけどたまには顔出すようにって」
「あ、はい」
「行くんだろ、今日の講議」
 教授のその表情は、どう考えても『狙って』いた。分かっているのだ。女研究員がどうしたいかを。意地をはることよりも。
「…………」
 彼女は無言だったが、教授はそれを返事と受け取ったのか、安心したように研究室を出て行った。
 白科の研究室は空になった。