11. Autumn, confusion - 3

 ……昼下がり。
「あ、あれ?いま、何時……?」
 寝起きの女研究員が近く似合った携帯電話を引っつかむ。画面は先程設定したアラームの発生画面であり、その時刻は十三時。
 電源ボタンを押して、待ち受け画面に戻す。
 時刻は十六時。
「って、ちょっとまって……。いま十六時って事は、だから……」
「あ、起きたん?」
 彼女の頭がまだ覚めぬうちに、研究室のドアが開いた。この部屋に入ってくるような奇特な人物は少ない。もちろん、学者だった。
「えーっと……講議、終わったの?」
「あー。大成功だったよ」
 女研究員としてはそのまんまの意味で聞いたつもりだったのだが、学者は『成功したのか?』という風にとったらしい。機嫌もいいのか、軽やかな足取りでデスクにつく。
 あれだけ『参加しない』といっていた女研究員だったので、面と向って出席するのにためらっていた。 だから講議開始、十三時に行かずに三十分後位したらこっそり入っていこうとおもっていたのだ。以前自分の受けた講議におくれて入ってきたり、時間の都合をあわせて入ってきたりでちらほら人が増えたり減っていたのを覚えていたからだ。
 それに、彼がどんな演説をするのか、興味があった。
「…………寝すごした」
「あ?なんか言った?」
「え、ああ、うん。なんでも無いよ」
 つぶやきはもれていたらしかった。学者は本当に浮かれているらしく、それ以上追求することも無かった。ただ鼻歌を口ずさみながら、体を左右に動かしている。
「次回は何について発表しようかなー。数学理論もいいけど物理論も捨てがたいしー。社会学も楽しそうだしー」
 学者がつぶやきながらノートを開き、早速ペンをはこばせていた。次回のテーマでも考えるのであろう。
 その姿を見ながら、女の胸にはまた、もやもやした感情がうかんできていた。学者は活き活きしていた。楽しそうだった。彼女の目にはそう見えた。やりたいことがあるということに、本気でうらやましさを感じた。初めての感情だった。そう、はじめての。

 しばらくしてから後に再び講議が行われた。結局今度は同じ失敗をしないように、今度は変な意地等はらずに『行くから!』宣言をして、時間になったら知らせてもらうことにした。学者は意外そうな顔をしていたが、それはどこかおもしろがるように、彼女を講議に促した。

 学者の講議はすごかった。陳腐な言葉でしか表現出来ないけれども、それはまさに『講議』であり『演説』であり、二号館のどの教授よりも優れており、まとまりがあり、分かりやすかった。
 何より、彼の実体験に基づいた例え話、つまり世間話が生徒を飽きさせることなく集中させたと言えよう。 はきはきとして、きくものすべてを引き付けるその声に、彼女自身もまた、ひかれていた。
 そうして女はますますうらやましいと言う感情を膨らませ、講議に出席する度に、その単元の本を借り、学び、知識を得る楽しさを見い出そうといていた。