07. Summer, a beginning - 7

 翌日。女研究員はいつものように自分の研究室、白科へとむかった。ロッカーに荷物を詰め込み、無意味な白衣を羽織る。汚れひとつない、研究者らしかぬそれを。
 とりあえず、昨日購入し損ねた本のことを考えながら、今日も本屋へ足を運ぼうか、等と考えて気分を上昇させる。
『別に、もう一回あってみたいとか思ってるわけじゃないんだからね』
 誰に言うのでもなく心の中でそう言い聞かせた彼女はこれまたいつもと同じように机に突っ伏した。
 と、そこへ、ドアノック。
「どうぞー」
 声を出した。振り向いてもいない。視線をあげてもいない。この研究室、白科に用事のある人間はただひとり、自分の恩師である教授以外にはいない。教授も本当は自分の事で忙しいと言うのに、全く親切だ。感謝しなくてはならない。感謝する前にちゃんとした科に行くのが先決だろうが。
「やあ、おはよう」
 やはり教授だった。
「悪いんだけど、今日からしばらくこの部屋を二人で使ってくれ。なんだったら、いろんな話等するがいいだろう」
 教授は入るなりそんな事を言った。
「はあ、なんですか、急に。だれがこんなモノズキの科にくるんですか?」
 いまいち自体を把握出来ず、のっそりとした頭をようやく少しだけ働かせ、女研究員は聞き返した。教授は笑ってそれに答える。
「いや、空き教室がなくて。ここがあいてる、もとい人が少ないからな。お前一人だし。じつは……、お前、来週からここで講議が開かれるって事、知ってるよな?」
「ああ、あのえらい学者か研究者かが自分の発表練習もかねて講議するってあれですか。あたしは行く気ないですけど」
「まあ、おまえが行くいかんはこの際何でもいいが。その学者が今年約一年半ここを使う、と言う事だ」
 そこで、ようやく彼女は声を跳ね上げて、躯を起こして叫んだ。
「はぁ?なんですか、それ。聞いてないですよあたし。何でそんな急に……」
「と言っても、もう決まってしまった事だからしょうがない。実はもう来ているんだ。入っていいぞ」
 教授の後ろで半開きになっていたドアが開く。ドアには半透明のガラスがあり、さっきから何か黒い影があったから何かおかしいとは思っていたのだ。
 ひょっこりと姿を見せた、まさにひょっこりという擬態語が相応しい。それは、あの学者だった。
 あまりにあまりな展開である。まるでこれではドラマか何かのようだ。
「あーーーーーーーーーーーーーーー!」
 感情の爆発に耐えきれなくなった彼女は、はじめに出会った時のごとく叫んだ。男……そう、あの学者は皮肉な笑みを浮かべてこう呟いた。
「よろしくお願いします」
 ……終わった……。
 何も知らない教授をジト目でみつつ、彼女は一年半の自分の平和をただただ祈るばかりだった。