06. Summer, a beginning - 6

 馬鹿にされている気がしてたまらなかった。女の口調が自然と厳しいものになる。
 でも、その口調の強さの裏側に秘められた別の感情。わかってる、自分がやりたい事も見つけられないから白科になってしまうということ。白科を抜ける事はいくらだってできるのにも関わらず。
「あ、悪かった。言い方が悪かったな。でも、初めてなんだよ本当。他の白科。えっと、その」
「聞いた事はあるんでしょう?そのまんまですよ」
 ほとんど彼の言葉は聞こえなかった。自虐的に続ける。
「……普通、どの研究所にもあるはずのプレート。そこに選択科目が書かれていなく、真っ白。そんな部屋の入り口。やる事もマトモに決まってない人が過ごすための研究室。一番古くて、一番おんぼろで、どの研究棟にも必ずひとつはある部屋。でも、そこに所属する人はめったにいなく、それこそ……三年にひとりってレベルですね。はは」
 どことなく口調が自分でも自虐的なのは女自身も自覚していた。正直、こんな口調で話されたら相手だって良い気分はしないだろう。自分で自分が嫌になって、学者から目をそらす。
 学者は学者で、他人にあまり興味を示さない性格なのか、自分の飲んでいたレモンティーに集中し始めた。この姿にレモンティー。はじめ、女研究員はそのギャップにはびっくりしたものの、こうしてみると絵になっている……気がする。
「……自分では、やりたい事、あったのよ」
 どうせ今日限りの付き合いなのだ。だったら、いろんな事ぶちまけてみるのもいいかもしれない。むこうがこっちをどう思ってるかは全く分からないが、自分としてはそんなに嫌なイメージはない。むしろ好意を抱いている方である。それに、これだけのエリートならば、何か面白い事でも言ってくれるかもしれないし、参考になるかもしれないと女研究員はそんな甘い考えを巡らしていた。
 が、それは大きな間違いであった。
「やりたい事あるならそれやればいいじゃん」
 おもいっきり、つっぱねた口調だった。
「それって、要するに結局逃げてるってことだろ?んなんじゃいつまでたってもあんたは白科から抜ける事は出来ないな」
 彼の言う事はもっともだった。が、今の彼女には火に油。ふつふつと怒りに似た感情が込み上げてくる。
 なおも彼は続けた。
「やりたい事あるだのでもないだのって言うやつに限って逃げてるって事自覚してないんだよな。結局はやりたいっていきつくんだろ?んじゃ御託を並べる前にやったら?」
 とても痛い台詞だった。確信をついた内容。間違っていない事である。学者の冷たい目。
 後になって思えば、この時彼女にとって一番苦しかったのはこの学者の表情だったかもしれない。今日あっただけの見知らぬ相手だと言うのに。
 彼は既にティーポットの中も終わらせたらしく、今にも席を立とうとしていなくも見えなかった。よく見ると、外もかなり暗くなっていて、客も少なくなっている。
「でも……」
 何が『でも』かは分からなかったけど、このまま彼に帰られては困る。そう思ったら口は動いていた。学者が声に反応し、続きを促すように見てくる。
 返事の反応も、彼女は早かった。
「いつか、見つかるかもしれないじゃない……」
 弱々しい声のトーンのはずなのに、不思議と説得力に満ちていた。
「いつかがすぐ見つかれば間違いないよ。ごちそうさま」
 学者は言って立ち上がった。女研究員は何も言わず、いな、何も言えず彼の背中をぼうっと見つめていた。しばらく、ずっと。

 彼女が自分を取り戻したのはもう少したった後だった。
 本日二回目のオレンジジュースの氷がすっかり溶けたのちに、時計を見ると、既に午後七時をまわっていた。
 そこでようやく、今の時期は夏だと言う事を、彼女は実感していた。