05. Summer, a beginning - 5

「……何をどう叫ぶ理由があったかは知らないんだけど」
「ごめんなさいっ!」
 結局彼女としてはさっきまで居たカフェに戻る事になってしまった。支払いはもちろん女。それでとりあえず男の怒りはおさまった。
「だ、だって、あなた、第一号館の、エリートの、研究者って言うか、学者の、ほ、ほら、こないだ受賞されてたうちのひとりでしょう?」
「まー、一号館は研究者って言うよりそっから引き抜かれたやつらが学者としての称号を貰って研究しているところだからなあ」
 研究者の待遇されたこの都市ゆえの特色である。人数も分散するため、駅にも四号館存在している研究所。そのうちの二号館に彼女、女研究員が属している。そして、彼。学者が存在している一号館がいわゆるエリートの集う場所なのである。
 研究者と学者の最も大きく異なる点として、場所の提供。学者には研究室をひとつもらえるのである。つまり、研究者はテーマごとにそった部屋で何人かの班で研究をすすめるのに対して、学者は好きな事を好きなだけすすめる事ができる。
 そのぶん、なれる人も少なく、なんらかの研究発表をこなしたりとか、成績が優秀だったりとか、まあ、要するにそれ相応の条件が必要になってくるのだが。
 なるほど、こんな人物ならば先ほどのわけの分からない程難しい本を読んでいてもおかしくはない。女はただただ感嘆して彼の姿を目に焼きつけていた。
 よく見てみると、彼はどうも寝不足らしい。目尻が釣り上がっているのは目が疲れている証拠だ。そんな事を考えながら、言葉を紡いでみせる。
「じゃあ、さっきの本は、論文の為?」
「そー。どっかの誰かのせいで、追い出されるはめになっちゃったけど」
「ごめんなさい……」
「別に構わんよ。あんなものいつでもみれるし、参考にしていただけだ」
「なにか、大きな発表またするんですか?」
「イマイチ考えてないんだけど、俺、米国にいってみたくて。ほら、ここよりももっと研究施設だって優れてるし、宇宙とか、そういうのにも詳しそうだろう?」
 言う彼の姿は活き活きしていた。やりたいこと。彼自身がそれを叶える事ができるか否かはともかくとせよ、彼のその言葉を聞いた時、女研究員の胸はきゅんとなった。そしてそれは具象となって彼女に襲い掛かるものとなる。
「あんたは何を研究してるの?」
 何気ないこの一言がどんなに苦しかったろう。加えて、コレを言ったのはエリートのうちの一人。ちくちくとつきさすような感触に無意識のうちに女は右の拳を胸に押しあてた。先ほどと表情も全く違う。口をきゅっと引き締めて、何かを耐えているように見えた。
「……もしかして、あんた『白科』か?」
「…………」
 彼女は何も言わなかった。
「ふうん……ホントにいるんだな」
「いちゃまずいんですか?」