04. Summer, a beginning - 4

「あんた、研究員?」
「へ?」
 男の顔をじっと観察していたため、突然かけられた疑問への返答はそんなものだった。返答とも言いがたい。 明らかに狼狽した反応ではあるが、男の方は気にもとめず、本から目をそらすことなく続けてくる。
「いや、その本読みたいって言う程だし。今俺の読んでるこの本にも興味あるんじゃないのか?今も、声かけるまでこの表紙見てたろ?」
 どうやら彼女の視線を、彼は本に向けられたという風にとったらしい。一瞬言いたいことが通じなかった彼女は目をぱちくりとさせてしまう。
 ようやく何を言わんとしているのかが分かったのか。口をついたのはこれまた間抜けな言葉だった。
「あ、はい、うん」
「……どれに対する返答かがわかんないんだけど」
「あ、研究員、です」
「ふーん、やっぱり。何処の所属?」
「駅第二号館」
「へー。じゃあ俺の後輩に当たるんだ」
「……貴方も研究員なんですか?」
 その質問に今度は彼の方が面喰らった表情をした。それは微々たるものであったが、会話中ずっと彼の横顔を見ていた彼女はその変化に気付くことができた。
「あ、まずい質問でしたか?」
「いや。……というか、研究者じゃなかったらこんな本読まないって」
 問いには答えた様子は見せなかった。代わりに、読んでいた本のそのページに指を挟み、それを彼女の方に振って向けた。 当然のごとく彼女の目がその本に向けられることになる。分厚い赤色の背表紙と、黒いゴシック体の文字が飛び込んできた。 それは、研究論文テーマ等が詰め込まれた最高レベルの本のうちのひとつだった。
 一体こんな小難しそうな本を読むのはどんなやつなのだ。コンマ一秒で首を斜四十五度傾ける。ますます不思議そうな表情で彼は女を見ている。彼女が彼の顔をしっかり見るのはこのときがようやく初めてだったのだが。
「あーーーーーーーーーーーーーーー!」
 穏やかな本屋の時間はその大声によって破られた。
 フロアのほぼ全員の視線が向けられる。直にその視線を浴びて気まずい気持ちを抱えた彼は すぐさま女の手をひいて、階段をおりる事だけを考えていた。