03. Summer, a beginning - 3

 ふと立ち寄った本屋。都市一の大きな本屋の三階にいつものように彼女は向った。エスカレーターと階段を使って、のぼる。
 階段をあがって着いたフロアの右斜前方。同じような種類の本がずらりと並ぶそこは何時からかずっと彼女が世話になっているコーナーになっていた。
 白い床と、白い本棚。フロア入って左斜前方にはパソコン関係の本も並んでいる、つまりそういうフロアである。
「そういえば、昔は受験とかの為にお世話になったっけ」
 参考書を買ったあのときを思い出し、心の中で呟いて、足を目的地へ運ぶ。
 本が好きで、気を紛らわすために来ているといっても過言ではなかった。暇さえあればあらゆるジャンルの本を手に取って、時間を潰したものである。 思いにふけって手にとった理科系の専門書をぱらぱらとめくってみた。それも特に指定したわけでなく、無造作に。 このときの基準は装丁だとか、厚さだとか、サイズだとか、そんなもの。選んだところで面白くない。
『あ、あれ読んでみたい』
 彼女が目を付けたのは、これまた理科系のものだった。研究職についているというだけあって、自然とこのようなものに目がいってしまう特性がやはりあるらしい。
 一番上のそれに手をのばす。が、身長一五五センチメートルの彼女に届くわけがない。 しかも、まわりに踏み台はないし、同じように参考書に読みふける人の中で誰かに頼むのはもちろん、係りの人を呼ぶにも気が引ける。
 それに、係りの人を呼んだら呼んだで、本を強制的に買わなければいけなくなるかもしれない。というか、恥ずかしい。
 変なところでプライドの高い彼女は、そのまま本とにらめっこしたまま時間を過ごすことになった。
 と。
 ふと、彼女の視界に闇がかげる。左斜上からさしていた電灯の明かりが遮られたようだ。それだけならともかく、視界から例の本は消えて、すぐ下の方、ちょうど彼女の胸の辺りにそれが移動していた。
「はい」
 穏やかな男性の声だった。イマイチ状況を理解出来ないまま、沈黙が流れる。ようやくその場をなんとか理解した彼女は少し慌てた口調で声を出した。
「あ、ありがとうございます。届かなくて困ってて」
「見てれば分かるって。ずっとそこで唸ってただろう?」
 改めて本を受け取り、その発言へのあまりの恥ずかしさに相手の顔も見ずに女研究員は顔を本に落とした。
 男性の方はというと、どうやら彼女の読みたかった本と同じ本にあったものが気になっていたらしく、彼は彼で本をめくりはじめている。
『あーはずかし』
 自分の間抜けさを実感したのか、顔が火照るのを意識した。よくよく耳をすますとまわりからも微笑が聞こえてくる。 女の脳内から本の存在はほとんど消えていた。かわりに何とも言えない感情がひしめき動く。無造作に開かれた本は顔の目から下の部位を覆い隠すのに非常に役に立っていた。
 そこでようやく彼女は隣の男性を視界にうつした。長そうで邪魔そうな前髪。フレームのない眼鏡をかけた横顔は、手にしていた本を見つめている。彼女よりおそらく年上だろう。身長は高かった。高いところの本を軽々と取ってくれたのだから、当然といえば当然だろうが。