02. Summer, a beginning - 2

「ってゆーか、あんた好きで今の仕事してるんじゃないの?あ、仕事とは言わないか」
 ごく普通のカフェテラス。白衣を脱いだ女研究員の向かいに茶髪の女性が座っている。
「自由だからねー。何となくって言っちゃ聞こえ悪いかもしれないんだけど、これでも色々考えたのよ」
 左手は頬に添えて、右手でストローを掴み、グラスをかき混ぜた。氷の上にのっていたアイスクリームがオレンジジュースと混ざってゆく。
 茶髪の女は『ふーん』、と唇を尖らせた。太陽の光がグロスを輝かせる。ぼーっとしていた女研究員は、なにげなくそちらに目をやり、続けて言った。
「ねえ、あんたは楽しい?今の生活」
「楽しいわよ。そう見えない?」
 返事は即答だった。たしかに彼女の表情には生気が満ちあふれており、いきいきとした様子が女研究員にも伝わってくる。
「楽しそうね」
 半透明のストローがゆっくりと橙色を映し出す。対照的に、女の顔は未だに明るいとは言えない。
 茶髪の彼女は白のスーツをかっこよく着こなしており、にじみ出る魅力は道行く人をも惹き付けるほどだった。
「でもこの都市は研究員って結構優遇されてんじゃん?個人個人の研究室もあるって聞いたわよ?」
「それは誤解。いくら何でも一人一人じゃないわよ、少なくともうちは。でも沢山ある研究科目から好きなの選んで、そこに入ってくことはできるから……気に入らなくなったら出てって好きなとこに移るだけ。誰にも支配されないからね、そーゆーとこ、気に入ったんだけどな」
 確かに、この都市では研究所と言うものは優遇されていた。数年前まではぱっとしなかったのだが、つい一、二年前大発見等が相次いで起こったということもひとつの要因かもしれない。
「この時代、研究とか情報とか、そういう仕事も大事だものね」
「いつぞやかの不景気よりマシじゃない?あたしらが子供のころはひどかったでしょー?なつかしーなぁ」
「あのころはほんと、どうなるもんかと思ったわよ」
「とかいって、あたし達もそんな大人ってわけじゃないのよねー」
 くすくすと、どちらからともなく笑いがこぼれる。思えば女にしてみればこんな風に気兼ねなく話すのも久しぶりかもしれない。今の仕事を始めてからというもの、どこか切羽詰まった感じが離れなかったからだ。
「あ、もうこんな時間じゃない、そろそろ行かなきゃ」
 一通り話し終え、一息ついたところで茶髪の女性が呟いた。
「仕事?」
「んーん。同僚と私事。何だったらあんたも来る?みんな気さくな人ばっかだからはじめましてでも大丈夫よ」
 何時の間にか彼女のコーヒーカップの中身も空になっていた。研究員も時計を見る。時刻は午後五時。
「あー、誘ってくれてありがと。でもこれから本屋にでも行こうと思って。いろいろ探そうかなってさ」
「そ。がんばってね。なんだかんだでちゃんと考えてるじゃない。やりたいこと、早く見つかるといいわね」
 そういって彼女はチェアをひき、コートを腕にかけたまま席をたった。一度だけこちらを向いて右手をふる。ジュースの残りとしばらく見つめあって、女は物凄い勢いでそれを口に投げ込んだ。細かい氷の粒が女研究員の喉を心地よいくらいに濡らす。
 けれど躯は潤っても心は潤わない。上手く動かない自分の生活にいらだちしか浮かばない自分に彼女自身うんざりしていた。