02-04. 非現実のダンス・ステップ

 夕食後の時間は基本的には自由時間である。いつシャワーを浴びようが、小腹がすいたからつまみ食いしようが――ただし飲食に関しては毎朝の体重測定に影響がある可能性があるが――外に出ない限り何をしていてもよい。
 しかし、今日はそうではなかった。ダンスの練習というカリキュラムが組まれていた。
「なんでわざわざ夜に……」
「相手役となる男性陣の都合みたいですよ。あと食後の運動も兼ねてとのことです」
 ダンス自体を行わなくてはならないことは知っていた。二週間の業務のうち、一週間が経過した後に本格的に実施するのだが、その事前準備の時間らしい。
 とはいえ、すぐにステップを踏めるわけもない。特にダンスはコミュニケーションが大事で、今日決めた相手とあと二日程で仲良くなれというらしい。
「それって相手の都合でしょ? やんなっちゃう」
 アリサはそう言いつつも、部屋でやることもないわけなのだからなんとなく言いたいだけでもある。対して不機嫌そうなのは相変わらずミュゼで、曰く時間外労働とのことだ。
 わだかまりこそなくなったが、物事に対する観点は異なるためにこういう場合は大抵サルスエラが反論する。
「しかし皆様お忙しいんですから」
 相手はメイドたちと同じ立場の男性陣が行うらしい。
「お待たせいたしました」
 各担当のメイドとマリア、それから銀髪の青年と赤髪の青年が現れる。
「えっ、まさか彼らが?」
 銀髪の……鎧こそ脱いで軽装であるが、それは確かにガイヤルドであった。赤髪の男も同じような服装で、察するに同階級の立場の人間だろう。
 さすがに彼らが相手では……と五人は思ったのだが、どうやらそれは杞憂のようだった。ガイヤルド達の後ろに、茶髪の青年たちが現れる。アリサ達が全員金髪碧眼というのに対して、ぞろぞろとやってきた五人の青年は、皆茶髪茶眼だった。
「うっわ」
 アリサが思わず漏らした。体格や身長こそ異なれど、ほぼみな同じくらいに切りそろえられた長さの茶髪である。もちろんそれぞれが持つ表情は異なるが、それにしたって気味が悪い。もっとも、アリサがそれをうめくのもお門違いであるのだが。なんといっても、こっちは珍しい金髪碧眼が五人だ。
「皆様にはこの方たちとご一緒することになります。パートナーについては、こちらで指定させていただきましたわ」
 その言葉に従い、男たちがアリサ達に向かって歩いてきた。ガイヤルドと赤髪の男は、マリアに促されて窓際のチェアに腰掛ける。それは部屋の真ん中で、つまり部屋中を見渡すことが出来る、そんな位置だった。
 部屋を広くさせるために、普段ならんでいるテーブルとイスは隅においやられている。それ故にガイヤルド達の前にもテーブルはないのだが、代わりにカウンターテーブルのような小さなサイズのものが彼らの傍らに一つずつ置かれていた。ガイヤルドの方はきっちりとした姿勢で全体を見回している。それに対し、赤髪の男と言えば、さっそくそのテーブルに肘をついて、顔を支えた。ちょうど頭部が少しだけ傾いて、笑みを浮かべる。
「その姿勢と顔だけみたら、まるで変態だぞ、ヒルビリー」
「固いこと言うなよガイア。そんな気はさらさらないし、この方が見やすいってもんだ」
 ヒルビリーと呼ばれた赤髪の男は、ガイヤルドに注意をされても姿勢を変えなかった。このやりとりと、王の重鎮であるガイヤルドに対して『ガイア』などという愛称で呼ぶということは二人の力関係はさほど変わらないのかもしれない。
 ガイヤルドはやれやれと言わんばかりにため息をつき、片手を振った。見る人が見れば、『降参』のポーズにも見えた。
 ふざけているように見えるが、ヒルビリーの視線はアリサ達から外れない。意図はどうあれとして――たとえばそれが彼の否定した下心という可能性もぬぐいきれないが――金色と茶色の男女を見据えている。
 その対象、アリサ達と言えば割り当てられた男性陣と軽く挨拶を済ませていたところだった。
「アリサさん、短い期間ですがどうぞよろしくお願いします」
「は、はい」
 相手は完全指定とのことだが、采配は見事なものである。男性陣の身長は女性陣に比べてそれほど各人の差はないのだが、それでもそれぞれ並んだ時にバランスが良くなるようになっていた。
 たとえば長身のミュゼの相手は単純に長身な相手ではなく、彼女より身長が低いものの、無駄のない筋肉で細身であるために自然である。また、小柄なカルミナに対しては、ややふくよかな丸みある男性をチョイスしているので、身長差がそれほど目立たないようにも見えた。
「今日は、軽く見本を見せます。みなさんには明日から本格的にやっていただきますからすぐに覚える必要はありません。どんなものかを、パートナーとご一緒に見てくださいね」
 マリアが言うと、立ち上がったのはガイヤルドだった。長い銀髪をたなびかせて、マリアの右手を軽くとる。そのまましゃがみこみ、唇が触れそうなギリギリのところまで手の甲に近づいた。
「!」
 反応したのは珍しくミュゼだった。アリサは赤面。フーガはきゃあきゃあ言っている。隠しきれていない。サルスエラは扇子を取り出して口元を隠していたため、最も冷静なのはフーガのように見えた。
 そのまま、マリアはガイヤルドのエスコートを受けて、ステップを踏んだ。ミュゼですらそれに吸い寄せられるように、五人の少女たちがその光景に釘づけとなる。感嘆の声も交えつつ、アリサは興奮のまま、パートナーに同意を求めたりもしていた。
 ヒルビリーだけが、その五人の行動をずっと観察していた。
     

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