02-05. 疑惑まみれの不協和音

 パートナー相手の自己紹介やらと、マリア・ガイヤルド間での見本を観察、最後に基本のステップを行えば、すっかり夜は更けていた。美容のために便宜上の就寝時間は決まっている。守る守らないは本人の自由であるし干渉はしてこないが、それでも今日はくたくただった。
「つ、疲れましたわ」
 昼間は魔法の手ほどきをうけていたのである。珍しく髪の毛を乱れさせて、サルスエラが呻いている。そんなことはないのだが、心なしか彼女愛用の扇子すらもへたっているように見えた。
「おつかれー、おやすみー」
 一番手前にあるのがサルスエラの部屋であるため、彼女は吸い込まれるようにそこへ帰って行った。
「あれは、すぐにベッド行きだね」
 フーガがにやにやしながらつぶやいた。
「でも、サーラのことですから頑張って化粧を落とすでしょうね。スキンケアを怠るようには思えません」
「カルミナはずいぶん楽そうだけど?」
 冷静に分析するカルミナに、フーガが怪訝な顔で迫る。
「魔法は途中で座学になりましたしね」
「あんなに先に進んだのに、集中力とか欠かさないんだ。ふぅん」
 フーガがまるで挑発しているようにも見えた。小悪魔的に三つ編みが揺れる。
 アリサが仲介しにいくよりも早く、ミュゼが壁を軽く小突く。
「おしゃべりはそこまで。カルミナの部屋に着いたよ」
「むっ」
「あ、すみません。では私はこれで。おやすみなさい」
 そそくさとカルミナが部屋に入り込むと、少しの隙間からすりぬけて、軽い会釈と共に扉が閉められた。
 そのタイミングとほぼ同時に、フーガがミュゼの背中へ拳を当てる。
「……痛いな」
「全然、そんなふうには見えないけどっ? なーんで尋問中だったのに止めちゃうかなぁ」
「え、尋問?」
 ぺろりと舌を出してミュゼに向かうフーガの言葉に、アリサは言葉通り目を丸くした。
 三人は歩みをとめ……但し、カルミナの部屋からは離れて、ちょうどフーガの部屋の前に陣取ってから、だが。
「そうよ。だって、アリサもおかしいと思わなかった? サルスエラの疲労っぷり見たでしょ?」
「うぅんと……」
 アリサが脳内を巡らす。
「怪しいかどうかはともかくとして、サーラはすっごい疲れていたよね。ていうか、あたしも疲れたけど」
 自分の場合は魔法よりもダンスのほうだ。普段の料理による立ち仕事にて体力には自信があったのだが、記憶力が持たない。ダンスのステップは左右のバランスが細かいし、向かい合わせで見ていたのでどちらの足と手が出ているのか瞬時にわからない。まして、見知らぬ相手と一緒にいるので緊張感は抜群だ。
「あたしは、ダンスのステップと人としゃべるのが疲れた。ものすごく気ぃつかったもん」
「たぶん、サーラもアリサと同じだと思うの。もちろん私もね」
「そういうフーガこそ、あんまり疲れていないようだが」
 ミュゼの方も、珍しくうっすらと汗をかいていた。美女の汗は気持ち悪くなく、さわやかである。長い髪の毛は結い上げられていたのでうなじがすっきりと覗いていたのだが、キラキラと汗が宝石のように輝いて見えた。
 その指摘に対して、フーガはなんてことなく目を開く。左手は腰に添えて、右手で作った人差し指を左右に軽く、振った。
「ファランドール地方は農作物が盛んなのよ。だから私は足腰を鍛えられているってこと。あんなダンスの足さばき、どうってことないわ」
 ひどく自信に満ち溢れていたのは、そのポージングだけではなく声からも理解できた。
 あまりのその行動に、見ている方がうんざりする。
「うわー……すご……」
「何その感情のこもってない発言。ま、そゆもんよ。明日は午前中がフリーなんだから、ゆっくり寝たら?」
 露骨に嫌そうな顔を向けられてもへこたれることなく、フーガがアリサに言う。そう、今夜の自由時間撤去の代わりに、明日の午前中は自由時間だった。朝食もフリーであるとのことである。
「でも朝ごはん食べないと、あのメイド長のことだから怒りそうじゃない?」
 アリサが想像する。女性たる者どうこう、とまた口を酸っぱくして言いそうだ。
「じゃあ、リラックスできればいいのよね。ミュゼ、料理教えてもらいなさいよ」
「は?」
 突如話を振られて……どうやら話しかけられるまで何かを考えているようだったミュゼが、喉の奥から裏返った声を出した。
「ほら、アリサに教えてもらうって話だったじゃない。明日はフリーで誰もキッチンは使わないし、そしたらタイミングも図れるしいいんじゃない?」
 つまり、既定の朝食時間は間に合わなくても食事はとれるし、更にはミュゼの腕もアップ出来るということだろう。
「いや、私はありがたいけど……アリサは寝ていたいだろう?」
「え、早起きじゃなければ大丈夫だよ。料理は好きだし!」
 夕食後の中途半端な時間よりもよっぽど良い。アリサは疲れも吹っ飛ばして、両手を顔の前でパンと叩いた。浮かれている証拠だろう。
「じゃあ、せっかくだからお願いしようかな。よろしく」
 言い出しっぺのフーガは当然であるが立ち会わない。おやすみ、と軽く手を振って自室に戻っていった。
 ミュゼとアリサは明日の時間を取り決めると、足取りをしっかり保って別れた。料理が出来るというだけで、どこか晴れやかな気分になる。アリサは部屋に入ってダンスのステップを踏みながら、シャワー室へと向かったのだった。
      

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