02-03. 白と灰色の雲

 夕食の時間までまだもう少しあった。今日の午後の枠は全て魔法に割り当てられている。カルミナはこの場から退散していた。たぶん、いつもの部屋で座学を行うのだろう。話し相手がいなくなったアリサはマイペースに、決して乗り気ではないが楽しく光を出す作業に没頭していた。サルスエラとフーガは相変わらずうまくいっていないようで、アリサ的にはなんだかそれも悪い気分にはならない。
 そういえば、ミュゼはどうだろうと、ふと思う。ミュゼは先ほどからほぼ動いておらず、つまりアリサから比較的距離を取っていた。こう距離があると近づくのもなぁ、とアリサも人並みの思考で思いとどまる。
 ところが、動いてきたのはミュゼの方だった。
「アリサ」
 声を掛けられる。部屋は静か――というわけではなかったので、本人たちと担当メイド以外は気付かないだろう。
「どう思う?」
 つまり、会話はサルスエラとフーガ側には届いていないであろうということだ。
「へ?」
「フーガの魔法。アリサはどう思う?」
 何を言われているのかがわからず、アリサが首をかしげる。
 代わりに、答えたのはリートだった。
「それは、フーガ様の失敗が多いことですか? そういうことでしたら、サルスエラ様も決して良いとは……。むしろ、魔法という形になりそうなのは、フーガ様の方ではないかと思われます」
 担当があっても、全体は見ているのだろう。リートの指摘はごもっともで、先述の通り、どちらかといえばアリサとサルスエラが似たような傾向にある。
「失敗の仕方が、かな。……アリサ、光を集められた?」
 言いながら、ミュゼが左手を胸の高さで天井に向けた。瞳が瞑られる。全神経を眉間に集中させて、ふわりとミュゼの髪の毛が少し浮いた。ゆっくりと、手のひらの上が照らされる。
 カルミナほど軽くはなかったが、ミュゼも魔法というものを扱えるようになっていた。
「おぉ」
「こういうの、アリサは出来た?」
 それを修行させられているのだからその質問もどうかと思うのだが、アリサはややためらって頷いた。
「でも、アリサ様はまだまだ失敗もしますよ」
 リートが鋭い指摘を浴びせる。うっ、とダメージを与えられつつも、アリサも両手に力を込めた。
 一般的な創作の世界であるような、呪文は必要としない。体の中にめぐらされている魔法が使えるであろう遺伝子を意識する。それが遠いならば呼び出すように……魔法を司る神経が、体の中を伝わって指先に伸びてくるようだった。
「えい!」
 呪文は必要としないのだが、声は意識を集中させるのには適していた。
『なので、叫んだり言葉を発するのを合図にしたりすること自体は一般的です』
 座学でマリアが言っていたことだ。手を叩いたりするのもこの一種らしい。
 かくして、マリアは微力ながらも光源を作り出すことに成功した。
「うん、そうなんだよね」
 ミュゼが言いながら、自分の光源を消す。冷静そうに見えたが、実際のところ彼女の左手は汗ばんでいた。ちなみにアリサの光源はとっくに自然消滅してしまっている。
「何がです?」
 聞いたのは、ミュゼ付きのメイドだ。リートと同世代くらいで、ウェーブのおかっぱヘアが幼い。
「私は、光を集めること自体はなんとか出来る。アリサも、だ。でもアリサは持続できなかった。これは、そこに光を保つことが出来ないからだと思う。自然消滅したとき、離散の仕方が雲のようだった」
「雲……?」
「うん。あんな感じ」
 ミュゼが指差したのはサルスエラだった。彼女の両手には、白色と灰色が混ざった雲が、相変わらずぐるぐるとしている。
「あ、わかりました。サルスエラ様もアリサ様も、光のコントロールが出来ていないということですね」
「そう。でも、フーガはどう?」
 今度は、その隣の三つ編みの女性に視線を投げた。
 光源を保てないという意味では彼女もサルスエラと変わりないのだが、綺麗さっぱりと粒子がはじけている。
「あれは、光の粒子をコントロールしているんじゃないかって、私は思う」
「で、でも……何のために?」
 さすがにここまで説明されたために、アリサも言わんとすることを理解できた。
「そんなことはさすがにわからないけど。素直に魔法が使えたカルミナと、どこかおかしいフーガはチェックしておいてもいいんじゃないかなって」
「考えすぎではないですか?」
 そういうのはミュゼ付きのメイドであるが、リートは何かを考え込むように神妙な面持ちである。
「リート?」
「確かに、不思議ですね。私としてはカルミナ様の方がなんですが。フーガ様のように光が離散してしまうパターンは、魔法の遺伝子が発達している人には良くあるんです。私もそうでした。そのコントロールがうまくいかないのは修行が必要で、そうですね、多いゆえにうまくいかないという感じです」
「……そういう考えもあるのか」
 ミュゼは訝しげにしつつも、リートの理論に納得しているようでもある。結局のところ、カルミナのように近い親族に魔法が使える一族がいたということだってあるのだ。
「ええ。ですので、カルミナ様のようにすぐに操れる方が私には不思議ですわ」
 悶々とした空気が残る。
「見てください! 光ですわ!」
 しかし、そんな考えも空気も、サルスエラの子どものような笑顔の前では、すっかり無意味になってしまったのであった。
    

Copyright © 2013-2014 Arisucha@Twoangel