食事の後は、魔法の修行である。意外にも五人は素質ゼロというわけではなかったらしい。 「これなら、火くらい起こせるようになるかもしれませんね」 魔法の修行にはメイドたちがマンツーマンでついてくれることになった。アリサの隣には、リートの姿。実に数日ぶりである。 「通過おめでとうございますわ」 「うーん、おめでたい、かな?」 リートはアリサのことを覚えていたらしい。こそっと、同世代の相手でうれしいと耳打ちしてきた。 魔法の修行をするときだけ、五人は別のフロアへ通されていた。いつもの部屋に集まった後、メイドが七人、やってくる。横にぴったりと寄り添って、残り二人は先頭と最後尾にきっちりとついてきていた。これだけでは、正直なところ連行風景にも見えなくもない。 階段を二つほど降りて、渡り廊下を進む。やや冷たい空気が流れたそこは、曰く、『修行所』らしい。 「ここでは、魔法の修行だけではなく兵士たちの武闘訓練もされるのですよ」 ちょうど、五人がそこへ入っていくのとすれ違って、一人の騎士に言われた。 「ガイヤルド様」 「彼女らの修行かい? よろしく頼みますね」 穏やかな声で、メイドに声をかける男性。対して、リートたちは深々と頭を下げていた。どうでもいいが、その動きがそろっていて美しい。 男性の方といえば、すれ違いざまにアリサ達の姿を一瞥した。時間にして長くはないのだが、そのブラウンの瞳による射抜かれ方が、どこか鋭い。女性のようにやや長い銀髪は、どこかで見覚えがある。 「――ん」 その男、ガイヤルドがアリサとミュゼの間で視線を止めた。ほんの少しの時間であるが、歩みと共にぶつかっていた重厚な鎧とアクセサリによる金属音がやむ。 「なんでしょう?」 実のところ、アリサはその視線に気付いていなかった。ミュゼが発したその一言で、自分たちに視線がなげられているのだと後に理解したのだった。 負けず劣らず、言ってしまえば睨んでいるとも表現できそうな金髪美女の碧眼が、ぶつかる。身長が共に高く、同じくらいにまっすぐな髪の毛が……美男美女のそれだった。 「いいえ、何も」 ガイヤルドはにっこりと微笑むと、今度はさっさと出て行ってしまった。 メイドたちも、何もなかったように先へ進む。 『あー、見覚えがあると思ったら』 アリサだけはマイペースに、ガイヤルド自身について記憶を巡らせていた。そうだ、合格者発表のあの時に、確かいたのは彼だった。 といった、言ってしまえば他愛もない移動のみで、魔法修行は順調に進んでいた。 「カルミナ様は、明日から火の魔法に行きましょう。長に確認しておきますので、おそらく座学からになるかと思いますが」 「了解です」 言葉と共に、カルミナの右手上に浮いていた光が消えた。 やや薄暗い部屋に、光源がまばらに映る。要するに、どちらかの手のひらを上に向けて、そこへ光を貯めるというレッスンだった。 「カルミナ、すごい!」 「そんなことは……」 小柄なおかっぱ少女はどこかこれまで目立たないイメージだったのだが、ここへきてとんでもない才能を見せた。先程と言い、一言で光を消してしまえている。 「いえ、これだけ制御できるのはなかなかです。魔法に精通していた家系でしたの?」 カルミナ付きのメイドとリートが質問を投げる。なるほど、メイドが個々についていたのは移動のためだけではなく、個人の進捗に合わせるからなのだというのがここへきて判断出来た。 うぅん、と宙を見上げて、呼吸する。首をかしげる様が、年相応の少女らしい。 「ブラーナ家自体はそんなことないと思うのですが、そういえば母方の方でそんな話を聞いたような聞いていないような、です」 「だとしたら、座学も経験済でしたかしら?」 「あ、それはないです」 今度は即答で、首を左右にふるふると振った。 「あーもう、うまくいかない!」 と、少し離れたところで言っているのはフーガだ。カルミナとアリサがそちらを振り向く。 「わたくしもです。なかなか理解していることを表現するのは難しい……」 そう言うサルスエラの両手には――彼女は片手ではなく、両手で包み込むように光集めを試みていた――煙のような小さな渦がうごめいている。 「深呼吸して、一旦この雲を取り除きましょう」 サルスエラ付きのメイドが、彼女の肩に手を置いた。サルスエラが頬を膨らませて、顔を赤くする。照れているとかではなく、単純な不満顔だろう。それがどこか可愛らしかった。 「フーガさんも、落ち着けてください」 「むむ……」 サルスエラは、両手いっぱいに光を集めようとしているのだが、それが光の形にならないでいる。先程のように白色と灰色が混ざったような雲が出来てしまっていた。 「座学の知識を思い出すと……サーラは素質が無いってことですかね」 「意外とはっきり言うなぁ、カルミナ」 実のところアリサも似たようなもので、なかなか光の形をとることが出来ない。それでもリートに言わせれば、光の粒子を集めること――つまり、今のサルスエラのレベルでも、かなりいい線いっているのだという。一般的にはそれも出来ないのだとか。 「……」 カルミナ、アリサとは反対の方向から、魔法出来ない組を見つめる視線はミュゼだった。 ミュゼは可もなく不可もないというところで、あとは慣れによる安定感が必要とのコメントを貰っている。自分の修行の手は休めて、ミュゼはフーガをまっすぐ見据えていた。 サルスエラと同じかそれ以上に大袈裟な動作で、フーガが両腕を動かしている。彼女の両手に包み込まれようと光が集まるのだが……それは次の瞬間に離散した。先程からそれの繰り返しだった。 「はい、もう一度」 すぅと深呼吸を促されるものの、フーガの眉間には皺が残ったまま。とてもリラックスとは言い難い。 そして、ミュゼと言えば。まるで先程の騎士ガイヤルドのように、中世的な面持ちでその観察をやめることは無かった。
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