アリサ達がアンティフォナ城での業務――と呼んで良いかはいささか疑問ではあるが――に就いて、早くも五日が過ぎた。 最初こそ嫌だ嫌だと言っていたものの、アリサもなんだかんだ楽しくなってきている。 「ほっ!」 というのも、比較的自由が与えられていたからかもしれない。 共有スペースにある簡易キッチンで、アリサはフライパンを振っていた。簡易と言っても、一般的な家庭にあるものに比べれば十分広い。 「にゃはー、おいしそう!」 「アリサは、料理が得意なんだっけ?」 キッチンには十人ほどが腰かけられるテーブルセットもあって、そこには黄色の卵焼きのかかった食事が五人分並んでいた。 「こう見えて、料理人の見習いなの」 フライパンを軽く水洗いして、布巾の上に置いた。エプロンを外して、席につく。 「それでは、本日の食事当番、アリサ・ツィクルスによるオムライスです。どうぞ!」 「いただきます」 三日目から、昼食は自分たちで用意することになった。 『必要な材料については取り揃えておきます。万一問題ありましたら連絡すること。王女といっても一人の女性。料理くらいは最低限出来なければ』 「殿方を虜にできません、ですものね。マリア様の発言も面白いですわ」 サルスエラが思い出しながら、真似をする。 こんなことをすることになったのもマリアの指令で、とどのつまり業務の一環だ。アリサにとってみれば、得意分野も得意分野である。ここへきて一番のストレスが料理が出来ないことだったので、持ち回りではなくずっと自分が担当したいくらいだと思っていた。 「でも、アリサはそういう意味だとすぐに胃袋をつかんじゃうわね。ほんとおいしい!」 「男の人を捕まえる気はないけれど……みんなに喜んでもらえるのは嬉しいな、ありがと」 「昨日のどこかの誰かの食事がひどかったものね……」 そう、全員で料理をするのではなく、個々にローテーションすることになっていた。これも取り決めだ。 フーガが前日の食卓を思い出して、ため息をつく。アリサも言葉に出さないが、うーんとうなって、ちらりと向かいを見た。金髪ストレートロングの女性。スプーンでご飯を運ぶ姿さえも色気がある。 「……料理とか、苦手なんだよ」 視線に気付いたのか、一旦手を止めてミュゼがため息をついた。 食事当番はじゃんけんで決めて、まずはミュゼから開始することになっていた。 「でも、魚を焼くのとご飯を炊くのだけでどうしてあんなふうになっちゃうのかしら……」 「しょうがないだろ、こういうのはセンスだよセンス。私には向いていないってこと」 ひらひらと手を振る。 ミュゼが作った鮭の塩焼きは、塩分は多すぎてしかも焦げていた。お米は水加減を間違えたのかやや柔らかい。味噌汁は塊の味噌がところどころに浮いていて、具も大きい。今日のオムライスは、前日の失敗したお米の再利用ということだった。 「あらー、それでいいのかしら? ミュゼは業務はきっちりこなすんでしょ? 料理も必須項目よ?」 「む。でもそういう意味じゃ、サーラだってこういうの苦手だろ。お嬢様だし」 料理事件以来、もともとお調子者だったフーガはミュゼに対して拍車がかかったようだった。今も隣に座っているのだが、腕をつんつんとつついてはからかっている。アリサはそれを向かいで見るのだが……なぜか胸がちくりと痛んだ。 『まただ。……まずいまずい』 いつだったかに部屋にやってきたミュゼに不覚にもときめいてからというもの、時折こんな感覚が襲ってくる。相手は女性なのに、と自分を戒めるように首を振った。そんな趣味は断じて無い。 「わたくし、料理は行っておりましてよ。マリア様の言う通り、花嫁修業ですから!」 意外にも、サルスエラは料理が出来るという。 「サーラの料理の実力は明日にするとして……でもミュゼさん、マリア様は何も言っていませんでしたが、最終テストとかを行うとなればこれはちょっとまずいのでは? 私としてはライバルが減るのでありがたいのですが」 「……まぁ、な」 しっかりと食事を平らげて、ミュゼは頭を抱えた。横でフーガが『お色気! 美人!』などとつぶやいているが、この二日間くらいは皆スルーするようになった。 アリサもぱくぱく、と話を聞きながら食事を済ませる。食事当番は準備だけではなく片づけもしなくてはならない。こと台所事情に関してはアリサの要領も良く、料理をしながらほとんどの器具についての片づけは済ませてしまった。手の込んだ食事は用意していないのだが、こういうことができる人もなかなかいない。 『うん、もうちょっと味付てもよかったかな』 マリアの真意はわからないが、限られた時間で……料理当番だからと言って他のカリキュラムがおろそかに出来るわけではないから、時間はわずかしかない。それ故に今回はささっと済ませてしまったのだが、アリサ的には及第点といったところだった。 父親に食べさせたらきっとまだまだいろいろ改善点があるだろうと思いを巡らす。 「……というわけで、アリサ」 「へ?」 隣のカルミナが、アリサの肩をぽんと叩く。 「聞いておりませんでしたの? ミュゼに料理の指導をしてあげてちょうだいな。もちろん、夜の自由時間しかありませんから、無理強いはできませんけれども」 いつの間にか食事を終えている。満場一致で決まったらしいそれは、料理修行。 ミュゼは照れくさそうに頭をかいていて、アリサを横目でちらりと見ていた。 「みっともないとは思うんだけど……私はどうしても今回の業務をこなしたくて……」 それはアリサも知っている。ルームメイト時代から耳にタコができるくらい聞いてきた内容だ。 「その、頼めるかな?」 断る理由は見当たらなかった。
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