01-16. 古の技術

 食事を終えて少ししてから。座学が始まった。食事処とも談話室とも異なる部屋へ通される。テーブルは講義形式のように並んでいて、どこから持ってきたのか、ホワイトボードと教卓まで置かれている。
「学校みたい」
「城内教育の一環として、家庭教師は一般的ですけど、集合教育だって珍しいことではありませんくて。机は並べ替えたみたいですが、疑問に思うことでもないですわ」
「サーラ、さすが物知りだね! すごいな」
「……なっ」
 サルスエラとしては、田舎者のアリサに対してやや小馬鹿にしたつもりだったのだろう。自分は貴族のいいところの育ちだからこそ、こういったことに精通しているとあいうアピール。
 ところがアリサにはその嫌味は通じてないようで、それどころか褒められてしまった。
「サーラは、アリサにはかなわないね」
「まったく、調子が狂いますことよ」
 カルミナに見抜かれるも、不思議とサルスエラ自身、嫌な気分にはなっていなかった。それどころか、高揚した気持ちである。
「席は自由かな」
 自由といっても、椅子が三脚備わっている長机が三つばかし。スペースを考えれば二人ずつ座るのが一版だろう。
 ミュゼは一番後ろの奥側へと進んだ。フーガがその隣へ。サルスエラとカルミナが真ん中に座れば、
「えぇー……あたし、一番前?」
 アリサの席は、自然と教卓一番前になってしまった。
 頬杖をついて既にリラックスした様子のミュゼが、くすくすと笑う。
「いいじゃん、アリサは魔法についてもう少し勉強しておくべきだよ。メイド長にも目を付けられてるみたいだし、一番前で好感度アップ」
「むぅ。そういうミュゼやフーガはどうなのよ」
「私は必要ないからいいの。視力もいいから後ろでもばっちり」
「そゆこと」
 腑に落ちなくなりつつも、アリサはしぶしぶ席についた。まあ、村での学校に比べればクラスの人数は二割にしか満たないし、一番後ろにいたって何もかわらない。マリアに目を付けられているアリサとしては前にいた方が、ミュゼの言う通りいろいろと都合がよさそうである。
『それにしても、どこにでもこういうの、あるんだなぁ』
 アリサの通っていた学校――今年から料理の専門科として父親の知り合いのところにいたので、それ以前の話であるが――でも、後ろを好む人たちはいた。決まってクラス一の悪ガキで、お騒がせタイプの男子であった。ミュゼのように美人でかっこいい女性とは雲泥の差ではあるものの、こういうことも共通なのだと思うとなんとなく嬉しくなった。


「義務教育で学ぶことですから、ご存じかと思いますが。現在に至るまで、『魔法』という技術が世界には存在しております。ただし、過去と現在ではその使われ方も内容も異なります。どう違うか、ご存知ですよね。……アリサさん」
「えっと、最初は平和だったんですが、政治的利用を初めとして魔法を発端とした戦争が起こるようになった、それ故に魔法は次第に収束されていったのが、昔です。今も魔法自体はありますが、火をおこすとかそういう日常的なものしか使えないです」
 教科書の記憶と、昨日の話とを合わせて、回答する。
「その通り」
 以外にも、しかるべき対応をすればどうやらマリアも怒らないらしい。
「そのあたりのことはみなさんが知っているということで割愛します。基本的に、魔法は血筋で素質の大小が異なりますね。とはいえ、ここアンティフォナの民は比較的魔法には長けていた部族ですから……つまりあなたたちも修行次第で魔法を使えます」
「つまり、修行するのですか?」
 質問を投げたのはフーガである。マリアは軽く頷いて、右手を頬に添えた。
「多少は、行ってもらいます。二週間の中で実際に魔法を使う場面に出向くことはございませんが、一度経験をしておくといざというときに焦らなくて済みます」
「焦る、ですか?」
「そう。たとえば……どなたかと魔法について話すことがあったとしても、魔法の経験有無で受け答えが異なりますからね」
 妙な含みが、マリアの言葉には含まれていた。
 一番前の席に座るアリサには気付かなかったが、そんなマリアの発言と仕草を……ミュゼは強いまなざしで見据え、フーガが睨むように、見ていた。
 本人はそれに気づくことなく、話を続けていく。
「アンティフォナ国家の重鎮は、必ず大小なりの魔法を習得しています。私もです。メイドたちは緊急時の……例えばライフラインが停止してしまったときのために、必須なのは光源を放つ魔法です。素質が多い人ほど、火を起こしたり水を生み出したりしますが、こういったものを生み出すのは非常に難しいので、皆様にも光の発生術を学んでいただくことになります」
「どうして、難しいのです?」
 今後の質問は、カルミナだ。
「光は、空気中の粒子を集めるけど、水や火は何もないところから生み出さなくちゃだから難しいんじゃない?」
「フーガさんの発言の通りです。水にしても水蒸気を使ったりしますが、光は害もないですからね。こちらについては、メイドたちにレクチャさせますので」
 材料を集めて何かを作るというのは、料理にも似ている。
 仕事でここにきているはずなのに、なんだか楽しくなりそうでここへきてアリサは少し胸が躍った。
 全体的に和気あいあいと――マリアも含めて、どこか和やかな雰囲気になっていた。先程まではガチガチだったアリサも、今や後ろを自由に振り向いている。ミュゼは相変わらずだるそうに頬杖をついていたが、右手ではきちんとメモを取っているのが見て取れた。
「魔法の概論はこんなところですね。……それで、貴女達にはもう一つ」
 だが、その空気はマリアの重々しい声にてかき消された。
「王女の魔力についてお話しをします」
 強制的に静かにさせられたわけではないのに……自然と、その声だけが部屋に残った。
    

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