01-15. 目玉焼きへの調味料

 メイド長マリアが驚いたのは、五人がばらばらに現れたことに対してではなかった。
 住み込み業務の開始の合図は基本的には朝食の時間から始まる。昨日言われたとおりに出来るかは心配だったが、なんだかんだ言ってもみんな女性なのだ。マリアが要望したのは最低限の身だしなみと、髪のセットと化粧を済ませること。そうはいっても朝食前にそれが出来るというひとは少なくはないが多くもないもの。念を押しておいたのだが、心配は杞憂に終わったようだ。
 驚くほど静かに、朝食の時間が流れていく。それがマリアの表情――そう、マリアは驚いていたのだ――の原因かといえば違って、では何かと言うと、ここへ来るまでの五人の姿だった。
「サーラ。そこの調味料をちょっととってくれる?」
「お安いご用ですわ。カルミナさん、フーガさん、回してさしあげて」
「あ、あたしも使いたいデス」
 マリアはメイド長というだけあって、この仕事を初めて結構経っているし、統率力もある。加えて、人を見る目についてはちょっと自信があった。
 今回の通過者五名に対するマリアの意見は、至ってシンプルだった。

 本命は……エル・パルド家の第三令嬢、サルスエラ。もともとの育ちがいいから、基本がしっかりできている。
 次点は、どこか謎も多いけどファランドール地方出身のフーガ。天真爛漫で何を考えているかわからないところはあるけれど、身長と体重がクラヴィア様に一番似ている。磨けば光るだろうけど、磨けるかが問題ね。
 そういう意味だと、カルミナの方が素直に物事を受け入れる感じはする。けれどいかんせん、小柄すぎる。アンティフォナ王はどういうつもりで身長制限を付けなかったかが悔やまれるが、まあそこは考えることじゃないだろう。
 ミュゼもフーガと同じくらい謎が多いし、気が強すぎる。品はあるし色気もあるけれど、手綱を握るのは難しそうだ。ただ、今回の件を最も『任務』として扱ってくれそうなところが評価できる。
 ……アリサは、論外。

 マリアの評価はこんなところだ。
 そのプロファイリングは的を得ており、更には全員の関係性も簡単に見抜いてしまっている。すぐに思ったのは、サルスエラとミュゼはきっと仲が悪いだろうという見解で、口には出していないもののそれ自体は完璧な推理に違いなかった。
 しかし、だ。
 今朝、順々に入ってきた五人はまず昨日よりも心なしか元気である。もやもやしたものや不審な表情は全くなかった。
『一番、心配していたのだけれど……』
 昨日はああ言ったものの、人間の心理として物事が隠されているのは気味が悪いものだ。ましてそれが自分の行うべきことに沿っていることだとすれば、マリア自身が言ったこととはいえど、ちょっと厳しすぎる条件かとも不安はあった。
 ところがどうだろう、その悩みは杞憂も杞憂に終わった。
 最も懸念していたのは、この状況に関するサルスエラとミュゼの意見の対立である。火花の一つでも散らすのではと思っていたのだが――仮に、そういうことが起きたとしてもマリアとしては気品さえ保ってくれればなんでもよかったのだが――どうしたものか、調味料を取り、渡す関係にまでなっているではないか。
「最近の若者のことは、よくわからないわ」
「えっ、ハムエッグに醤油はやっぱりだめでしょうか? マリア様はソース派? それとも塩? まさかマヨネーズとか」
 調味料をサルスエラ側に返しながら、アリサがあわてる。また王女らしくないとか言われるのではと身構えての反応だ。
 マリアといえば、アリサが一体何のことを言っているのかと判断できず、ほんのわずかだけ眉間に皺を寄せた。そこで、自分の思考が現実とマッチしていなかったことと、たまたま拾ってきた言葉だけなら話が通じてしまった偶然を理解した。
「……クラヴィア様は、塩派でしたよ」
 思わず毒気を抜かれて、らしくないつぶやきを漏らす。
 それを皮切りに、ほらやっぱり、だのいやいやマヨネーズも捨てがたいだの、女子会トークが繰り広げられた。怒る気も失せて――というより、本当に一晩でどうしてしまったのかという疑問が生まれて、ふっと笑いながらその光景をマリアは見ていたのだった。

 ちなみに、醤油派はマリアのみ。ソースがサルスエラで、塩はフーガとカルミナ。ミュゼはソースとマヨネーズのコンビネーションだそうだ。
「食事が終わったら、今日のカリキュラムを説明しますわ。今日は……この世界と魔法、それからクラヴィア王女の魔力について、座学から始めますので」
 座学、という言葉にアリサは怪訝な顔をしたが、今日のマリアは機嫌がいいのか怒られることは無かった。
 魔法については昨夜も話題に上がったが、アリサにとっては無縁のものである。
『王女様の代わりとなると……やっぱり魔法も使えないとだめなのかしら」
 魔法を使うためのエネルギーは、基本的には遺伝で決まってしまうから、料理と異なり努力ではなんともならない。このあたりは元々バーレッタでの教育でもあったことだし、昨日たまたまおさらいもした内容だ。
 けれども、それであれば御触書の条件に『魔法が使えること』という内容が付与されているはずである。それがないということは、別の考えがあるのか――たとえば、王女たるもの魔法の知識だけでも多くないといけないとか――アリサでは思いつかないような事情があるのかもしれない。
「食事後、歯を磨いて、少し休憩して……三十分後に隣の部屋へ集合。筆記具はこちらで準備しますから、いいわね?」
 カリキュラムの合図は、つまり食事終了の合図。
「はいっ」
 驚くほど声をそろえて、五人の少女たちは返事した。
   

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