01-13. かつての技術、魔法

「アリサ?」
「あっ、ごめん……」
 気づかないうちにトリップしていたらしい。ミュゼに肩を小突かれて、現実に戻ってくる。
「大丈夫? 疲れた?」
「だいじょぶ。それで、王女様が魔法に長けているっていうところ、だよね」
「正直なところ、『長けている』レベルではないわよね」
 サルスエラすらも肯定する。
 魔法については、つい先ほど目にしたばかりだった。メイド長マリアによる、静寂の合図。
 かつて、この世界に存在していたという魔法の存在は、アンティフォナ王国だけではなく世界中の国で勉強されている歴史だ。どうにかして魔法は生まれ――一説では、神から奪い取ったとされる、ある意味で禁忌の技術。ずっと昔の話だ。
 まだアンティフォナ王国がその名も国という形もとっていなかったころには、その魔法は誰もが使えるものになった。
「魔法は、戦争を起こすって……授業で習った」
 アリサがぽつりと一人ごちる。
 そう、誰が使えるようになった魔法は、それ故に争いの武器として猛威を振るった。当然、個人差も生じるが、それは血筋に影響されなかったので下剋上も少なくはなかった。森は荒れて、大地は泣いた。神からの罰だという人もいた。
 そうして……それがきっかけにもなり次第に技術は失われ、使える内容も日常生活に沿った頃。
「……クラヴィア王女が、生まれたことで。またそういうことが起こるのかしら」
 カルミナが、うつむきがちに言った。
 そうであれば、王位継承という問題以上のことになる。電気をつけるとか、料理用の火をおこすとか、そういうことしかできないはずの、失われた魔法。それを自由気ままに扱える人間は、世界にどうみられるのか。
 再び訪れた沈黙を、サルスエラの咳払いが破る。
「実際のところ、マリア様も簡単な魔法をつかっていますし、わたくしの屋敷にも一人おりますわよ。といってもそんな大きく考えることではございませんわ」
 それを聞いて、アリサは思わず紅潮した。
「サーラさんって、優しいんですね!」
「はっ?」
「だって、王女様のことも、あたしたちのことも気を使ってくれてるのがわかるよ。ありがとう!」
 屈託ない笑顔に、サルスエラが顔をそむける。その様子を見て、今度はフーガが吹き出した。
「ぷっ……ぷぷっ! ははっ!」
 お腹を抱えて、今度は別の理由で体を震わせる。皮切りに、うつむいていたカルミナも、失笑していたミュゼも微笑を洩らした。
 サルスエラ本人は扇子で顔を隠しており……アリサだけは目をぱちくりさせている。
「変な空気にして、悪かったよ。二週間、という期限付きということもあるし、王女様に万一のことがあったという想定は推理から外そう。となると、なぜ姿を見ないのかということだけど……今日はこのくらいで。時間をとらせて、すまなかった」
「も、元はわたくしが呼び出したのですから謝罪の必要はなくてよ! 自分に非がないのに謝ることは良くなくて。わ、わかったかしらミュゼさん!」
 気付けば、お互いがお互いを名前で呼ぶようになっていた。それが心地よくて……アリサは、ここへきて初めて心の底から笑顔を浮かべた。


 サルスエラの発言の通り、元々はやる気なく見えるアリサに苦言を申すための会だったのだが、話題はあらぬ方向へいったためにかなりの時間が経過してしまった。
「そうはいっても、やる気がないのは本当だもん。どうしようもないわよねえ」
 シャワーを浴びて寝てしまおう、どうせやることもない……と思い、身に着けているものをぱぱぱっと脱ぎ捨てる。明日の朝は、決して早いといえる時間ではなかったが――料理人の朝は早いから、アリサにとってはどうってことのない時間だ――それ以上に疲労は溜まっていたし、身だしなみを整えないとまたメイド長がうるさいだろうと想像する。
 入口とは別のドアを開けると、正面には洗面台。その右手側にシャワーブースがある。タオルを手に取って、さてお湯をひねろうと思ったとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「?」
 覗き穴などはさすがに存在していない。裸体はバスタオルでくるむとして、とりあえず不審者ではないだろうと、ドアに近づいた。耳を当てる。音はしない。
「……?」
 自然と眉間に皺が寄る。息をひそめて、耳はぴったりと。再びノックの音がして、木が振動を伝わってアリサの耳に飛び込んでくる。
「わっと」
 黙っていたのが意味をなくした。アリサは居留守に向いていないだろう、きっと。
「ごめん。もう寝てた?」
 聞き覚えのある声が、ドアの向こうからする。そのアルトボイスは、間違いない。
「ミュゼ?」
 短い期間とはいえ、たぶんここ数日では最も会話をしたであろう声をご認識はさすがにしない。部屋を開錠して、ドアをゆっくりとあけた。
「起きてたよ」
 隙間から顔をひょいっと、アリサが出した。
 

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