01-12. 推理する乙女たち

「話がそれましたわ。つまり、ミュゼさんはあくまでも業務として身代わりを務めていると。それは理解しましたわ。その上で、何もかもがわからないのが気持ち悪いとおっしゃるのですね」
「そゆこと。まずは一週間と言われたから、二週目にはもう少し情報が開示される可能性だって、ある。でもそれで良いの? こんな曖昧な状態じゃ、集中だって出来ないでしょ」
「それは……まあわからなくもないですけど」
 サルスエラの声は先ほどよりも弱気だった。彼女も人間なのだから、疑問に思うところはあっただろう。それを押し殺して――それはたぶん彼女の生い立ちによる、ごく自然な振る舞いだろうが、それ故に思考をとめていたのかもしれない。
 相まって、感情をそのままぶつけてくるミュゼの姿がどこか羨ましかったのかもしれない。言葉ではいくらでも見下すようにできるが、本心は定かではなかったのだ。
「じゃあ、せっかくだから推理でもしてみない?」
 場を明るくしたのは、フーガだった。左右にたらした三つ編みが、そんなことはないのだけれどぴょんと跳ねる。ぱん、と手のひらを合わせて、にっこりと笑った。そのまま、なぜか部屋の中をくるくると回転。
「綺麗なステップですね」
「ありがとー」
 バレリーナのように、するすると動く。農家で鍛えたからだろうか、その足取りは軽い。
「……あの娘、ファランドール地方の出身と言っていたのよね」
「フーガのこと? そう言っていたな」
「ふぅん」
 扇子を再び広げて、薄目を開いてじっくりと見る。ダンスのテストをしているわけではないのだが、その審査するようなサルスエラのまなざしが、傍目に見ていても厳しく、怖い。
 アリサは、やはりサルスエラがお嬢様なのだということを実感した。自分が抱いた感情とは異なるのだから。
「よっと。やれ失礼。なんといっても、なんで身代わりが必要かってことよね」
「考えるべきは、二つ。身代わりが、しかも数人からエントリーさせるということは近いうちに何かが控えているということのはず。それはいったい何なのか。それからもうひとつ……」
「本物の、王女様の存在は?」
 ミュゼの疑問を受け継いだのはアリサだった。
「そう、それなんだ。私がずっと気になっていたのは」


 アンティフォナ王国は、子沢山とまではいかないものの、第一王女以下の王位継承者は存在している。また、いわゆるよくあるお家騒動的な噂は全く聞かない。少なくともアリサが住んでいるバーレッタ村には良い噂しか耳に入ってこなかった。それがこの国の良いところでもあったから、間違いない情報である。
「わたくしも、不穏なお話は耳に入れておりませんわ。わが父は、定期的に城へあがっておりましたし、交流もゼロではありませぬ」
「お父さんが隠していたっていう様子はない?」
「あの人、嘘がつけないことで有名ですの。そんなそぶりがあったらわたくし一瞬で判断つきますこと」
 エル・パルド家の当主の行動ならば、アリサの噂よりも信憑性は高い。
「じゃあ、王位継承問題で表立って何かがあったわけではないのかな。となると……暗殺?」
「やだミュゼ、変なこと言わないでよ!」
 表立っていたところで、そういうことは無いとは言い切れない。裏の思いは何もわからないが、ミュゼが言う物騒な発言が、アリサだけではなく他のメンバの顔色を変えるには十分だった。
 フーガが冗談めかして止めるが、彼女も一瞬身震いしていた。
 食事を済ませてから、時間はずいぶん経過した。窓にはカーテンがかかっていたが、その向こうの景色はすっかり更けてしまい、月明かりが少し差し込むようになってきた。部屋にかけられた美術絵画が、薄気味悪く照らされる。
 沈黙に、音を立てることを拒否するような空気が流れ始める。
「……本当にそうでしょうか」
 打破したのは、カルミナだった。
「アンティフォナ王国第一王女、クラヴィア・エール・アンティフォナの有名な話は、誰もが知っているはずです。稀代の『魔法』の使い手であると」
「それはつまり」
「はい。クラヴィア嬢が、仮に暗殺されようとしていたとしても……彼女をそんな風に誰が出来るか、ということです」
「確かに……この国で、いや、世界で、彼女の存在は軍一団ですら相手に出来ると。そう聞いたことはあるわね」
 アリサの脳裏に、一人の女性の姿が映る。

 いつか、親に連れて行ってもらった城下町。第一王女の生誕を祝う、セレモニー。馬車に乗って、街に花が舞い踊っていた、夢のような世界。
「王女様は、アリサと同い年だよ」
 そう、言われた。
 自分の田舎くさい金髪とは違う、ややウェーブがかかったボブのブロンド。遠目にしか見えなかったけれど、人形のような美しいブルーの瞳。
 まっすぐに目があった――ような気がして。それはもしかしたら、彼女の魔法にかかっていたのかも、しれない。


Copyright © 2013 Arisucha@Twoangel