01-11. 解消されゆくわだかまり

「それはそうと、一体何を企んでいるんだろうね」
「……それは、アンティフォナ王のお考えについてですか?」
「そう。察しがいいね。ええと……」
「カルミナです、ミュゼさん」
 話題の矛先を、ミュゼが変えた。頬杖をついたまま、ロングヘアをさらりと撫でる。
「そんなの、気にする必要がお有りで? 国王様は、わたくしたちとは一歩も二歩も異なる先を見据えて考えてらっしゃるのでしょう」
 当然ながら、その詮索をたしなめたのはサルスエラだ。どこからか取り出した扇子を広げ、ふっとそれを掲げてみせる。
「それに、国王様は話してくださいましてよ。身代わりが必要だということ」
「あんたは、それで納得できたの?」
 扇子に隠れて口元が見えないが、サルスエラの眉間に皺が寄った。目ざとくもアリサはそれに気づいて、胸中で『うわ』と漏らす。サルスエラの傍らではカルミナが怯えたように縮こまっているし、フーガは一人だけ部屋の隅の方で、壁の模様を撫でている。ある意味こちらの方が怪しい。
「当然ですわ。……その、それ以上知る権利などないのですから」
 言いよどみ方からするに、サルスエラ自身も思うところがあるのだろう。良家のお嬢様といったところだろうか、余計なことは知る必要はないという考え方が叩き込まれているものの、彼女自身の好奇心自体はどうやら健在のようだった。
 それは、ミュゼも感じたと思われる。にやにやしながら――それは妖艶で美しかった――サルスエラに人差し指と中指を揃えて向けた。
「残念ながら、私はあんたみたいにいい子じゃないの。気になる気持ちは抑えられないわ。それに、私たちに言われたのはしっかり王女の代わりを務められるようにすることだけ。詮索することを止められてはいないのよ。業務上は、ね」
 つまり、ミュゼはお触書の内容としては詮索は違反にならないと言っているのだ。
「ミュゼ、賢いわねー」
 我関せずと思われたフーガが、壁を見たまま言葉を漏らす。
「でもっ……メイド長のマリア様は……」
「王様直々の指令とメイド長の一言、どちらが有効だと思う?」
 キリキリキリ、と歯ぎしりでも聞こえてきそうだった。ミュゼが腰かけているのに対し、サルスエラが立っているから、余計にこれが際立っている。サルスエラのウエーブの金髪が、彼女のふくよかな胸元に流れるように沿っていた。それすらも、逆立ってしまいそうな。そんな空気が二人の仲に渦巻き始める。
 部屋に残るのはフーガの滑稽な独り言だけとなった……それを破ったのは、アリサだった。
「ちょっちょちょ、ミュゼもサルスエラさんもそういうのやめましょうよ!」
 影の薄い主人公がここで自己主張。
 ミュゼもサルスエラも、この状況でアリサが何かを言うとは予想していなかったのか、毒気が抜かれたように彼女を見る。フーガですら、壁からアリサへ視線を動かした。
「……サーラですわ」
「へ?」
「わたくしの呼称です。サルスエラ、ではなくサーラとお呼びになって」
「え、えぇ……と。はい、サーラさん」
「よろしい」
「それで? アリサ。続けて?」
 なぜだかミュゼはアリサには優しい。慣れというものもあるのだろう。ミュゼは人見知りだと言っていた。
「あ、はい。えと、サーラさん。ミュゼは、こんな口調だけどあなたに敵意があるわけじゃないんです。こういう性格なんですよ」
 それは事実だった。
 ルームメイト当初はやっていけるか不安だったが、ミュゼの話し方もだいぶ柔らかくなったし、そもそもそれはミュゼ自身が変わったのではなく、アリサが慣れただけなのだった。実際、ミュゼは対して口調は変わっていない。人見知りフィルタはあるだろうけども。
「性格、ですと?」
「うん。よくわかんないけど、ミュゼは今回の依頼をすっごく真剣に考えててね……だから、もやもやしてわけわかんないのが気に入らないんだと思うの」
 これはあくまでもアリサの憶測にすぎなかった。だが、ミュゼはサルスエラが言うほど悪い人ではないというのは事実である。
「それにミュゼが興味があるのは実質のところ報酬で」
「おい」
 黙って聞いていたミュゼが突っ込んだ。
「え、だってそうじゃないの?」
「いや、それをはっきり言うかとか、そういうの気を使わないの? もう……」
 ほとほと呆れたように、ミュゼが頭を抱える。これも、決して怒っているわけではないから……ほら、やはりミュゼは優しいのだと、アリサは笑みを浮かべた。
 その様子がよかったのかもしれない。アリサとミュゼの間にフーガが後ろから割って入り、高さの違う二人の肩を抱いた。
「ですって、そうそう、私たちは王女身代わり任務の同期みたいなものでしょ? 仲良くいきましょうよ。ね、サーラ」
 フーガが行儀悪く顎で促した正面……つまりサルスエラその人の姿は、扇子を添えて、ただ確実に笑いをこらえていたのだった。 


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