01-10. 変わり者たちの宴

 ところが、そう思っていたのはアリサだけのようだったのだ。
「うん、野菜おいしいですね」
 おかっぱ少女カルミナは元々がベジタリアンなのかもしれない、特に指摘される前に野菜から手を付けている。その皿が空っぽになっても、肉類に手を付けようとはしていなかった。声や振る舞いだけならば幼い動作であるのに、なぜだか決して道を外れたことはしていないという様子である。
「……」
 ミュゼに至っては、当然、こういうことはきっちりこなす。というのも、彼女は何の指示もないまま手を動かしてなかったのだ。アリサが肉に手をかけて――そして注意されてから、こうあるべきであるというのを把握し、従っている。
「ふむふむ。ふぅん、スープはこんな工夫をしているのね」
 フーガはファランドール出身ということもあり、食材などの味には日常として触れているのかもしれない。ぶつぶつと一人ごちながらフォークを動かしている。彼女もまたカルミナと同様、それでも上品さは失わないように動いていた。
『や、やっていける自信がない……』
 料理人を目指すアリサにとって、食事は何よりも大事なものである。やれナイフとフォークの持ち方だとか、ナプキンの添え方だとか、順番だとか……そういったことがとにかく苦痛で仕方がなかった。
『でも』
 ちら、と周囲を再び見る。
 アリサ以外の誰もが、この状態に不満を言っていない。それは、このことをきちんと『業務』としてとらえているからかもしれないのだが、そういった行動が出来る四人の姿にアリサの胸がちくりと痛む。
 言ってしまえば、自分がここにいるのは不可抗力なのだ。応募したくもなかったのだから、仕方ないのだ。
「だから、いいの」
「ん? どうしたアリサ」
「なんでもない。ごめん」
 ストレスに感じるのはやめよう。どうせ、自分には出来ないのだから。メイド長マリアの罵声を浴びつつ憂鬱な食事ではあったが、皮肉なことにその味だけは完璧だった。アリサはそれを舌でしっかり記憶して……食事の時間を終えたのだった。



「やる気がないのなら、出ていけばいいのに。そう思いませんこと?」
 この二週間、五人の生活はかなり制限されている。住み込みのアルバイトでもこうはないだろう。
 自由に移動できるのは、五人の部屋があるフロアのみ。アンティフォナ城のどこに位置するかはわからないが、おそらく客室棟かそういうものに違いなく、割り当てられた部屋には簡単なバスルームもついていた。一応、共用の大浴場もあるらしいが、そこに行くにもメイドの誰かしらを呼ぶ必要があるとのことだった。呼んだとしてもそこはかなり遠いらしく、そんな手間を考えるならばちょっと狭くても部屋でシャワーを浴びることを選ぶだろう。
 さて、ここはその客間があるフロアの一室だ。客間自体は廊下を挟んで数部屋用意されているのだが、そのうち二部屋ほど、ちょっとした大部屋になっている。中くらいのテーブルが三つと、椅子が数脚。手入れの行き届いた音楽装置などが置かれているところをみると、ここは談話室か何かのようだった。
 食事を済ませて、明日の連絡をもらった今日はこれにて業務終了。アリサはもちろんのこと、自称人見知りのミュゼは自室に戻ろうとしたのだが、サルスエラに呼び止められた。で、今に至る。
「私はやる気満々ですよ!」
「あ、わたしもです……」
 サルスエラの挑発的な発言に、即反応したのはフーガとカルミナだった。フーガはびゅんとまっすぐ手を伸ばしているし、カルミナもひっそりだが、自己主張はきっちりとしていて忘れていない。
「ちがう! 貴女達じゃありませんくて!」
 しかしそれはサルスエラには逆効果だったようで、右手をびしっと掲げながら否定した。
「おぉう、こわーい」
 フーガのテンションは変わらなかった。
「まったく……」
 掲げた手をそのままテーブルに添え、首をかしげて息をつく。その仕草ですらも品性があり、
「……綺麗」
 思わずアリサは呆けたようにつぶやいた。小声だったけれども、それはサルスエラにも届いていたようで、彼女が反射的に顔を染める。それを見たミュゼが、アリサを小突いた。
「へ?」
「この状況でお前、よくあんなこと呟けるなぁ」
 そう言われても、アリサは何のことかが理解できない。それほど無意識の感想というものだったのだろう。ぼうっとしていたアリサは――ちょうどサルスエラの向かいに位置していて、顔を上げれば怒っているのだか喜んでいるのだかよくわからない表情でサルスエラがいるではないか。
「サーラ、照れてます?」
「そういうことではありませんくて!」
 先ほどと同じ言葉にも関わらず、その口調はどこか弱弱しい。
 そんな様子をふぅんと見つつ、ミュゼは頬杖をついて――そう、彼女は椅子に座っていた――くすりとほほ笑んだ。
「それとも、アリサの作戦ってやつかね?」
 ミュゼの言わんとすることが未だに理解できないアリサは……ただ目をぱちくりさせて、四人の姿を視界にとどめることしかできなかった。
 

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