「じゃあ、フーガさんは?」 歩きながら、問いかける。ミュゼの背中を追いつつ、アリサはフーガと並んだ。フーガと話す時も気持ち上を見上げる姿勢になる。 城内は全て絨毯貼りで、ヒールの音が響くことはない。話し声は例え小声でも左右の壁に反射してしまい、遠くなければ耳に出来るだろう。 「私の出身? ファランドール地方よ」 「ファランドール地方って……」 「そ。田舎でしょ?」 アリサの不自然な語尾にフーガはすぐ気づいたようだ。だがやはり気にした風はなく、手のひらをぱたぱたと振っている。 アンティフォナ王国自体が農業国家であるのだが、その中でもファランドール地方は酪農などそちらの面で国を支える村だった。広大な大地をもち、国の中でも最北端に位置している。その巨大さ故に、村や町という名称はつけられておらず、まとめて地方と呼称されていた。 「あ、でもファランドール地方のチーズは絶品だし。あっあとお肉もうちじゃ仕入れてるよ! 豚肉とか、無駄な脂身がなくて本当に美味しいし」 「あら、あなた料理でもするの?」 「えっと、家が小さな飲食店を経営していて。お父さんが料理長なんですけど、ときどきお母さんと一緒に食材集めの旅にでてます」 多分、今回の旅行も遊びが半分、仕事が半分だろう。彼らにとって『美味しいものの探究』は仕事にも値しないかもしれないのだが、その生業ゆえに私事と表現してしまうには軽すぎた。 フーガはその濃いブルーの瞳をキラキラと輝かせると、両手を組んで顔の前に持ってきた。その無邪気な表情に、アリサは一瞬ひるむ。 「素敵! いつか行ってみたいわ。ねえ、行ったらご馳走してくれる?」 続いたのは心からの賞賛の言葉だった。それが本しんであることは疑いようもなかったため、アリサは頬を紅潮させて……食材を使っている、言ってしまえばただそれだけなのに、他にも飲食店などありそうなのに、そんな反応を見せたフーガを純粋に可愛いと思った。 「もちろんよ! あぁでも、ファランドールからバーレッタはちょっと遠いかな……」 「大丈夫よ、それでも同じ国なんだし。距離なんてどうにでもなるわ。約束よ、アリサ」 何故だか、その懇願はとても切で……そして、叶うことがない、という思いが透けて見えた。 「フー……」 「お喋りに集中するのもいいけど、このままだと置いていかれるぞ」 いつの間にか立ち止まって喋っていたらしい。お互い気付いてなかったようで、前方を見る。腰に手を当てて壁にもたれかかり、顎で前を指すミュゼの姿。その先には、かなり遠くに行ってしまったサルスエラとカルミナらしき人影が見えた。 「おっと、いけないいけない。ごめんごめん、すぐに追いつくから」 フーガはそう言って、アリサの手をとった。引っ張られるようにして、小走りで駆け出す。 何故だか体は軽かった。フーガは空いている左手でミュゼの肩をも小突く。『廊下は走ってはならない』だなんて昔の話かもしれないが、ただそれを感じさせないくらいにふわりと、宙を舞うように、進んだ。 夕飯の時間から、教育が始まる。 フォークとナイフのルールはもちろんのこと、 「王女たるもの、食べる順序にも工夫せねば、殿方に失礼です」 と言って、あらゆる指示を下された。メモもないため、自分の頭に刻み込むしか、ない。 「食事なんて……おいしく食べれればいいのに」 飲食業を務めるアリサだからこそ、そのセリフはすぐに連想された。 通されたのは食事用の部屋なのか定かではないが、初めに連れられてきたところとは異なっていた。片面八人が座れる、つまりテーブル全体では十六人を許容できるそのテーブルにはダークブラウンのテーブルクロスがかかっており、長辺中央にはモスグリーンのラインが重ねて掛けられていた。 真っ白よりもやや重たいが、汚れは目立ちにくいし、何より大人っぽい。 片側にはアリサ達『身代わり候補』たちが並んでいる。奥からサルスエラ、カルミナ、ミュゼ、フーガと順番は入ってきた通りだ。 メイドたちはぱたぱたと周囲にいたのだが、メイド長マリアだけはアンティフォナ国王の隣――つまり、アリサ達の向かいで、同じように料理に面している。つまるところ、『お手本』というわけだ。 食事はコースではあるものの、既にテーブルに並べられていた。取り分ける必要は、ない。スペースを贅沢に使っている。 「サルスエラさんはさすがですね。女性たる振る舞いを把握していらっしゃる」 マリアは、サルスエラを今回も称賛した。 「当然ですわ。わたくしも、美容のために普段は野菜から食しておりますのよ」 マリアが言う『女性らしい』食事のマナーというのは、野菜類から口にすることらしい。アリサとしてはバランスよくいろんなものを食べるという育てられ方をしたため、これが窮屈で仕方がなかった。
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