「詳細は一週間後にお伝えしますが、貴女達をお呼びした理由は、クラヴィア第一王女の『身代わり』のためです」 その言葉は、突如ふってきた。 「はっ?」 「ですから、これは第一王女身代わりオーディションなのです。貴女達は第一次選考通過。職務は『第一王女身代わり』です」 それほど若くはないであろうメイド長の口から『オーディション』などという単語が発されることにも驚いたが、それより何よりの急展開に、体も脳もついていかない。 「これ以上のお話はできません。理由も背景もお伝えするのは一週間後。貴女達の任務時間は……」 「お触書には、二週間と」 それまで無言であった小柄な少女がそう言った。ミュゼですら冷静さを欠いているというのに、不思議と彼女だけは落ち着き払っている。 「えぇ、そう。わかりましたね、みなさん。但し、貴女達五人は同僚であり同士であり、そして好敵手です。これから一週間、切磋琢磨して頑張るのですよ」 それはまるで学校の始まりの挨拶のようで、何よりも滑稽だった。 正式に割り当てられたのは一人部屋。それもきちんとした客室である。薄桃色のカーテンと出窓に飾られた花瓶。普段は使われていない棚やデスクも塵がないところをみると、さぞきめ細やかな掃除を行っているのだろう。 アリサにとって掃除は苦手だった。というより料理以外のことはからきし不得手である。 「いやホント、王女様の身代わりとか無理だって……」 ただ、もう選考期間が終わったところを見ると今日から賃金が発生するらしい。らしいというか、去り際にミュゼが聞いていたから確定である。 「まあ、そりゃ高い報酬よねえ」 これからどんなことをするかはわからないが、面倒くさいことは間違いない。ミュゼは多分、この辺りのことはなんなくこなしてしまうだろう。サルスエラも元々お嬢様であるならば無論だ。残りの二人……カルミナとフーガと名乗った彼女らについてはわからないが、 「まあ、あたしよりダメな人ってなかなかいないでしょ多分……」 想像して、落ち込んだ。 突っ伏したベッドも、気品あるものである。ふかふかの布団に弾力のあるスプリング。アリサの家も決してダメなものではなかったのだが、やはり国の主のものとは比べものにならない。 「うぅ、睡魔が……」 まどろみと戦うアリサを起こしたのは、 「アリサ」 ドアの向こうからの声と、ノックの音だった。 返事を待たずに、ノブがひねられる。 「……何してんの?」 「えーと、め、瞑想とか」 「迷走?」 「えっと、そうじゃなくて……まあ、うん」 声で判明していたのだが、入ってきたのは当然ながらミュゼだった。後ろには、サルスエラにカルミナ、フーガの姿もある。 「あらまぁ、やはり小さな村娘では 、クラヴィア様の代わりは務まらないのではなくて?」 アリサのポニーテールはベッドで戯れていたせいか乱れている。毛先というより荒れた結び目付近からは無数の毛が天井に向かって突き抜けていて、お世辞にも美しいとは言い難い。 「サーラ、言い過ぎですよ」 ややアリサの怒りとなりそうなサルスエラの言葉を諌めたのは、小柄な少女ーーカルミナだった。実は先ほど自己紹介を簡単に済ませていたのだが、このカルミナは意外にもアリサより二つばかし年上で、見かけの割にはしっかりとした振る舞いをしていた。 サーラ、というのはサルスエラの通称のようで、自らそう呼ばれていると主張していた。 「いーの、ホントのことだし」 サルスエラに比べれば、アリサなど村娘にすぎないでのははっきりいって事実なのだから、否定しても仕方が無い。 『貴女たちは、同僚なのです』 それであれば、あのメイド長マリアが言うように、同僚だと思ってうまくやっていけば良いのだ。 幸いにして、いやこの場合本当ならば気づくべきだったのかもしれないが、とにかくサルスエラはアリサの様子には気づくこともなく、くるりと踵を返して先へ進んだ。五人の先頭は彼女のものである。続いて、それをカルミナが追いかけて行く。 「ほら、行くよ」 優しく声をかけてくれるのはミュゼで、彼女と並んでいたもう一人、つまりフーガがアリサの肩をポンと軽く叩いてきた。 「私も田舎の出身なの。あ、『も』なんて言ったら失礼よね、ゴメンナサイ」 とどのつまりその言い方だとアリサの出身地であるバーレッタ村を田舎と認めることには変わりない。けれど何故か、ウィンクしながら軽く会釈するその姿には全く苛立ちは覚えなかった。
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