01-07. 謎のままの王国事情

「君たちには、まずはじめの一週間で王族のルールを学んでいただく。それと並行して、王族としての立ち振る舞いを実践してもらう。後半の一週間については、その時に再度指示を出す」
 軒並み脱落者が姿を消した午後三時。部屋で待機していたアリサ達は別室に集められた。そうなるだろうと予測できたものの、まさか国王直々にそんなことを言われるとは。と、アリサは目の前に座る自国の最高権力者を見て、思う。
 案内された部屋はこれまでの広間よりも一回り以上小さい。壁に飾られた美しい絵、中庭に面した窓。八人がけの長机。他国の遣いとちょっとした話し合いをするにはじゅうぶんな清潔さを備えた部屋だった。
「結局、それでは何をするかがわかりませんの。例えば王族の決まりごとなら……このわたくしもある程度は把握していてよ」
 そう言ったのは、ウェーブヘアの女性だった。アリサよりも幾分か大人びている。座っているため厳密ではないが、身長だけみればアリサとさほど変わらないのだが、ひとつひとつの仕草は……確かに貴族然として見えた。それは今も、それこそ座り方一つに個性が見受けられる。
 部屋の一番手前側に座っているのがミュゼだ。先ほどの正装のまま、タイトなロングスカートである。長机の下にあるためわからないが、その長い脚は軽く組まれているのを知っている。
 右隣に、アリサ達本人だ。やや猫背で町娘。自分と、ウェーブヘアの女性を挟んだ向こうにいる小柄な少女だけはこの場にどこかミスマッチに思えた。
 最後、部屋の一番奥には三つ編みの女性がいた。彼女も、大広間にて冷静を保っていたうちの一人である。遠近感はあったとしても、彼女もミュゼ並に長身であった。そしてやはり彼女もひとつひとつの振る舞いがきびきびとしていた。少なくとも背筋は真っ直ぐだ。いやアリサくらいかもだが、猫背。
「サルスエラ・エル・パルド嬢。確かに貴女は西地方の貴族であること、存じておる。不審を募らすのも致し方ないことも。しかし……今回のこの、老いぼれの頼み、しかと聞いてくれぬか」
「いやっ……国王、顔を上げてくださいまし」
 座ったままとはいえ、もったいぶることなく首を垂れるその姿に、サルスエラは慌てて否定した。それでも彼女の動きには気品があったのだが、なるほどどうやら本物のお嬢様らしい。
 驚いたことに、国王はそれを知っていた――自国のことだから当然といえば当然なのだが――少なくとも、エル・パルド地方がどんなものであるかと目の前の女性がそこの出身貴族であることを結びつけていた。
 アリサは、国王というものがどんな仕事をしているかなど知らない。ただなんとなく、こんな末端のことまで理解しているとは予想しておらず、それ故に今この場に彼がいることすら不思議でしかたがなかった。
『今回の指令は謎すぎる。莫大な報酬とそれに見合わない期間。条件も軽い』
 いつかのミュゼの言葉を思い出す。さすがにアリサもこの状況に違和感を覚え始めていた。
 違和感といえば、先ほどまでは番号呼びを徹底していたにも関わらず、ここへきて国王本人の口からメンバの本名が飛び出してきた。サルスエラは疑問にも思っていないようであったが、これがミュゼならば苦い顔をしただろう。
「私も、気になります。国王、発言をお許し下さい。なぜここへきて私たちの名をお呼びに? その必要有無が私にはまだ理解できません。事情はあると存じ上げますが、それでも何か情報をいただけないものでしょうか」
 実にうまい言い方だった。『まだ』という枕詞がついていることで、これから理解しようとする姿勢を見せつつも、クリティカルな質問を投げている。発言の主は当然ミュゼだった。彼女の名乗った『ミュゼ』が、国王に提出している時点での偽名なのかそれともアリサに対するものだけかはわからない。それでも先手を打つことは、『競争』において大事なことだ。
「あ、わたしも出来れば知りたいです」
 同意の声は予想外のところからきた。ミュゼと対極に位置する三つ編みの女性だ。喉の奥で絞り出すような若干のガラ声であるものの、決して汚いと感じさせない魅力がある。
 ミュゼの肘が、アリサの二の腕に触れた。
「あたしも、教えていただければ!」
 きちんとサインに応えられ……アリサも右腕を大きく挙げたのだった。


 しぶしぶと、しかししょうがないと言わんばかりに国王の両手が眼前で組まれる。観念したという表現だろう。傍らには重鎮が二名(うち一人は例の銀髪の彼だ)と、眼鏡のメイド長がいる。そのメイド長が王に向かって何か抗議している。
「しかしマリア殿、彼女たちが疑問に思うのもわからんではない」
「ですが、伝えるべき時期では今は無いです。問題ありません、この私が彼女たちを立派な淑女に育て上げます。そのあとでも遅くありませぬ」
 どうやら国王は観念したようだが、メイド長は納得言っていないようだ。ただのメイドにどこまで発言権があるものか……考えても無駄だろう。広間の様子から察するに、比較的権力があると想像できた。  


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