01-06. 数日間の結果発表

「諸君、この二週間ほど城で過ごしていただいたこと、誠に感謝する」
 しんと静まった広間に、国王の声が響く。居住区ーーという呼び方はいささか不適切ではあるがーー側の扉がガンガンと叩かれる音が目立った。今更言付けに気づいたか、果たして出遅れた組か。施錠された扉はその行為に取り合うことはなく、ただ音だけが静寂に残った。それがなおも悲しく、国王への注目を引き寄せる要因となる。
「おそらくだが、これより詳細の発表や選考方法が教えられると思っておるじゃろう。しかしながら本日ここに集まってもらった理由はそうではない。既に選考は終えた」
 その言葉に女性陣がざわついた。ミュゼの予想が当たったのだ。周囲の人達と同様に、驚いた顔でミュゼをみれば、してやったりというのを堪えた真顔の彼女がいた。
『あれ、ミュゼ……』
 そこでふと、彼女の姿に違和感を覚える。
「静かに。王の話はまだ終わっておりません」
 重鎮のうち、最も王に近い位置に立っている男が手を叩く。再び広間に静寂がおとずれた。アリサは……思考を遮断される。
「どのような審査を行い、どのような基準で選考があったのかは教えることはできぬ。これから呼ばれる番号以外の者は、直ちに荷物を持って城を後にしていただきたい。各々の居住地への交通については国が手配を行っている。心配はいらない」
 反論はできない、帰りの手配もしているから有無を言わさず出ていけ、と言っているのと同じだった。再び周囲がざわめきだつが、今度は注意される前に自然と静かになった。たぶん、誰もが次の言葉を待っているから、だろう。……そう、番号の呼び出し、だ。
「それでは、お呼びいたします」
 手を叩いた男の更に隣の人物が一歩前へ出た。穏やかな顔立ちと銀色の長髪だが、声のトーンとその体つきから男性であることは間違いなかった。
 会場が、更に静まりかえる。
「……七番」
 ざわっと。一瞬空気が振動した。選考順に呼んでいるとは考えられにくいので、この時点で六番までの女性たちは帰宅コースが決定だろう。七番の女性が誰だかは、わからない。それをきょろきょろと探せるほどの……そんな雰囲気ではないのは明らかだ。
「続いて、十八番」
 その番号は、アリサの隣に立つ彼女のものだった。一気に飛んだ番号に先よりもどよめきは大きくなるが、ミュゼは微動だにせず、雛壇を見つめている。
『あ、でも』
 アリサの方に降ろした左手が微かに震えていた。
「……そして、四十八番。以上だ」
「ふぁっ!」
 思考の停止したアリサを現実に戻したのは、自分の番号のコールだった。幸いその時にはもう周囲は騒ぎきっていたため、それほど目立たなかった。これが一番手ならば総叩き……下手したら失格だったかもしれない。
「では、一度全員引き返し、呼ばれていないものはメイドたちの指示に従って帰宅せよ。ご苦労だった。呼ばれたものについても、こちらから指示を出す。しばし待たれ」
「お待ちください、選考基準はなんなのです? しかも、このような少ない人数など……
 アリサはぼうっとしていたせいで自分の前に何人呼ばれたかを知らない。
「五人」
 その様子を察したのか、ミュゼがこっそり耳打ちしてくれた。……五人。その、予想以上な人数にアリサは眩暈を覚えた。いっそ自分は帰りたかったのだが、この場でそんなことを言うわけにはいかないだろうと必死で感情を押し殺す。
「それは、お伝えできないお約束です」
「ではせめて、一体なんのお触れだったのかと。このままでは帰っても気がかりでございます」
 一人の抗議を皮切りに、あれよあれよと声が殺到する。国王に向かってくる人もいて、メイド達も必死でそれを抑えていた。
「あらら」
 そんな様子を落ち着いて見ているミュゼとアリサ。それから彼女たち以外では、ウェーブヘアの小柄な女性と、三つ編みに結ったミュゼ並に長身の女性は抗議もせずに穏やかであった。落胆もしていないところ、彼女たちは通過したメンバなのかもしれない。
 一向に収まらないこの様子に呆れたのか、ミュゼが壁にもたれようとした、そのときだった。
「静かになさい!」
 ぴりり、と空気が凍った。比喩ではない、言葉の通り、待機中の窒素の粒が視覚化している。一瞬で部屋に冷気が篭った。フロアを取り囲むように粒が舞っているが、国王とその周辺のみはこれまでと変わらない様子に見える。見えない境目でもまるで存在しているような……そんな感じに思えるほどだ。
「マリア様!」
 メイドの一人が喜びの声を上げた。その声の先には、例のメイド長然としたメガネの女性が、左手を真っ直ぐ前方に伸ばしている。
「お静かになさい。貴方たちは選ばれなかったのです。今回は極秘事項。内容を知ることは許されませぬ。これ以上凍えたくなければ、立ち去るのです」
 その発言は……この冷気が人為的なものだということを表していた。強制的に静かになり、誰もが力なく後ずさって行く。
 ふっと、空気がゆらいだ。同時に、体に温かみが戻ってくる。
「ご無礼を、お詫びしますわ」
 先のメイド長が、深々とお辞儀した。
「貴方たちが選ばれなかったのは事実ですが、それでもこの国のことを思ってくださったからのこと。荒療治としたのは王のせいではない、私の責任です。だからどうか、この国を嫌うことはなさらないでください」
 飴と鞭とはこういうことも言うのか。手のひらを返したような発言だが、不思議と誰もがそれに納得したようで、脱落者達は静かにその場を後にしたのだった。
  

Copyright © 2013 Arisucha@Twoangel