01-05. おとずれたその契機

 次の日の朝には、アリサも例のピンズをリートから受け取った。それがきっかけなのかはわからないが、流石に一日半もこの狭い空間にいればあらゆる物の場所は把握できたため、ミュゼと四六時中一緒にいることも無くなった。
「ごはん、行く?」
 ただそれでも食事の時間には決まって声をかけてきていたので、全く会話がないということはなかった。他の部屋がどうかはわからないが、おそらく仲の良さでいったらアリサたちはトップクラスだっただろう。
 三食を二日も共にすると、今度は相手の人となりも見えて……こなかった。というのも、ミュゼは自分のことはほとんどしゃべらなかったのだ。姉が二人いることくらいがせいぜい聞き出せたこと。それも、彼女の性格を理解するきっかけにはなるが根本的なことは何ひとつわからなかった。
「アリサは、料理人になるんだ」
 代わりに、アリサの話はたくさんした。ちょっとだけの、しかも仲良くなるのも微妙な間柄なルームメイトとの会話は限られる。身の上話はまたとない話題提供で、アリサの好きな食べ物から寝相の悪さまで露呈することとなった。ミュゼが覚えているとは限らない、が。
「そうなの。今回も本当は乗り気じゃなかったんだけどね……っと」
 しっ、とミュゼの細くて白い人差し指が唇に添えられる。
『いけないいけない、ネガティブな発言は控えなきゃ』
 一般的に良い行いは周囲の人間に干渉する。どうでもいいアリサに対してミュゼはかなり今回の御触を重視しているようだった。直接頼まれたわけではないが、そんな彼女に対して自分が足を引っ張りたくないと何となく思っていたのだ。
「じゃあ、アリサは、もしそうなったときに私に権利をくれる?」
 いつかの食事中にそう聞かれた。断る理由は無かったので、アリサは頷いた。



 その日、ドアの隙間から一枚の紙が覗いていた。気付いたのは当然、ミュゼだ。
「明日、十時に大広間へ集合せよ。荷物は部屋にまとめておくこと、だって」
「そっか、いよいよかぁ」
 御触書公開から二週間。つまり何らかの結果が出るのだろう。
「こんな言い方しなくても、リートさんあたりが直接伝えればいいのに。気付かなかったらどうするのかしら」
「そりゃ、脱落だろ。私としてはありがたいけどね」
 入浴のために頭上でまとめ上げていたストレートの金髪がはらりと落ちた。まだ乾ききっていないためか、その毛先には少しの水分がまとわりついている。
「きつい発言だなぁ、ミュゼは。それって、あたしは脱落ってことじゃん」
 ミュゼが部屋に戻った時、アリサは既に部屋にいた。浴場には同じタイミングで行っていたが、ミュゼは大浴場隣の個室シャワー室にいっていたため、帰ってきた時間が異なるのである。そこまで連れ添う理由もないし、女性たるもの個室を希望する時期だってあるのだからしょうがない。
 そんなわけで、アリサはその紙に気付かなかった。
「そっか、明日かぁ……」
 実のところ、明日から選考基準の知らせが来るかもしれないし、ミュゼの言うように結果が出るのかもしれない。それは判断できなかったが、この生活も悪くはなかったかななどと思いながら、彼女は眠りについた。



 この城に来て、初めてアリサが連れてこられた場所。
 居室のある廊下につながっている扉から、そこには行けた。今朝はその扉は解放されていて、ごった返した金髪の女性たちがわんさかと場を埋めている。
 九時四十八分。城の豪華な朝食を胃袋に納め、可能な限り見栄えのいい服装をまとってアリサとミュゼはその広間にやってきた。アリサはいつも通りのフレアスカートのワンピースだが、とても調理場やホールにいるような色合いではなく、明るいパステルカラーのそれだ。ミュゼの方は、普段のパンツルックとは異なる、タイトなロングスカートを履いている。光沢ある上品な素材で、彼女の身長がますます高く見えた。
「時間になったな」
 アンティフォナ国王の厳かな声と共に、廊下に面した扉が閉まった。ガチャリ、と簡易な鍵が兵士の手によってかけられる音がする。目で追ったところ、金髪の女性たちの人数は五十人程度だろう。アリサのあとに応募がどのくらいあったかはわからないが、ミュゼの言うように紙に気付かなかった人もいるようである。
 国王は、広間の壁際中央にいた。ちょうど両サイドにある扉の中心から九十度曲がったあたり。声が届くようにか、そこには他よりも数センチ高い台のようなものがあり……もとい、そのようになっており、遠目からにも国王の姿を確認するには十分だった。
「あれは、魔法でできた台だな」
「そうなの? あたし、初めて見た」
 かつては広く使われていた、『魔法』の存在。そのもの自体はアリサも知っている。だが、文明が発達するにつれてその存在が縮小していたことも知っていた。
「そういえば、アンティフォナ王国は魔法に栄えた国だったっけ」
 自国の歴史だ、いつかの授業で習った記憶がある。
「アリサが知らないだけで、意外と普通に出回ってたりするよ?」
 ミュゼがそう言った。もっとも、光を出すとか物を膨らますとか、ああいった踏み台を作るのではなく床を持ち上げるとか、そういうものだけどね。とも付け加えて。
『そういえば』
 国王の傍らに、おそらく重鎮そうな人たちとメイドが並んでいる。その中は、リートの姿もあった。
  

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