「ええと、十八番の方。いらっしゃいますか?」 リートがそれまでとは異なる、メイド然した声を出した。軽く二回ほど手を叩けば、先ほどのざわめきは一気に消え失せる。 先述の通り部屋は広かったが、リートの声はじゅうぶん響き渡るだろう。ほんの少しの時間をおいて、人影の一角がやや動くのを確認できた。 「はい。私が十八番です」 アリサ達の前に現れたのは、長身の美人だった。彼女の金髪は針のような細いストレート。腰まで伸びているのだが、決してそれが重そうには見えない。多分、身長のせいもあるだろう。 当然碧眼なのだが、睫毛は長く、切れ長だ。服装はタイトでダーク色の動きやすそうなウェアで、黒いスラックスも彼女の長い脚にはよく似合っている。グラマラスというよりもスレンダーだが、それでも白い肌にうっすらと色づいた頬と唇が、非常に映えていた。 本当に同世代なのかと、アリサは疑うようにまじまじと見ていた。それに気付いたのか、彼女と視線がぶつかった。どきりとして、慌てて逸らす。 『どんな選考でどんな仕事かわからないけど、こんなの料理以外で勝てっこないわよ!』 胸中で、叫ぶ。 「彼女、四十八番目の応募者なの。今日から貴女のルームメイトになりますから、あと三日ですけどよろしくお願いしますね」 「でも……私は人見知りで、どうしても相部屋は避けたいと願いましたが」 紡がれる声も、ややアルトのそれだった。まさに妖艶である。 「それは承知ですが、あと何人申し込みがあるかわかりませんゆえ、ここでその希望を叶えることは出来ませんの。昨日、今日で一気に訪問者が増えましたから、あと三日では直ぐに六十など超えてしまうというのが、王様とメイド長様のご意見です」 リートの発言から察するに、募集定員は六十なのだろう。先ほどアリサは四十八と言われたから、もうあと十ほどしか余裕がない。 危なかった、と思う反面、もう少し遅ければ村に帰る理由ができたのにとアリサは思った。 「わかりました」 「ありがとうございます。では彼女のこと、お願いします。過ごし方などを教えてあげてください」 リートはそう言うと、アリサの肩をぽんと叩いて微笑んだ。つられて微笑む。そのまま彼女はドアの向こうへと消えて行き、またざわつきが部屋に戻ってきた。 アリサと美女だけが沈黙の空間。そういえば、基本的なことを知らねばならない。されど三日といえ、どうやら自分は彼女と過ごす時間が多そうだと、アリサは自覚していた。 「はじめまして。私はアリサ・ツィクルス。数日ですが、相部屋ではどうぞよろしくお願いします」 田舎の村出身といえど、基本的なマナーは身につけていた。アリサは深々とお辞儀する。顔をあげれば、何やら不可解な顔をした美女がーーそれでも、彼女は美しかったーー顔を歪めている。 「えっ」 何かまずかっただろうかと。思わずそれが声となって発されるが、返答より先に、美女がアリサの手を取って歩き出した。 「とりあえず、部屋へ行きましょう。話はその後で」 それだけつぶやいて、ぐんぐんと進んで行く。アリサとリートが入ってきたのとは逆側の扉から彼女は出ていくと、そのまま左右に広がる道を右折した。 「ここが、私たちにあてられた部屋。さっきも少し言ったけれど、私は人見知りなの。なるべくこちらに入って欲しくはないわ」 優しい声だが、その発言内容はどちらかというとひどい。一瞬アリサもムッとしかけたが、よく考えれば見知らぬ人と同じ部屋で過ごすのは、誰であって苦痛だろう。 部屋は簡素な作りをしていた。まず、左右対称。奥に窓があり、境目がちょうどパーティションによって区切られている。そこに隣接するように、ベッドとデスクがあった。ベッドは二段で、既に荒れた布団を確認する。どうやら彼女は下を使っていたらしい。 「それから」 部屋を見渡していたアリサの思考が遮られる。 「貴方、どういつつもりなの? あんな場で迂闊に名前を名乗って……。全員、敵よ?」 「敵だなんて、大袈裟な」 アリサは笑うが、相手はそういうわけではないらしい。瞳が細く鋭く、アリサを射抜く。思わず、どきりとした。 「今回の指令は謎すぎる。莫大な報酬とそれに見合わない期間。条件も緩い。これは競争よ。まだ何も明かされていないんだから、迂闊な振る舞いは避けるのが身のためよ」 まるで、暗殺の指令でも出されたかのような言い草だった。考えすぎだ、とアリサは思ったが、不思議とそれに返事することが出来なかった。 「あとで、城内の案内をするから。声をかけるわ」 結局、アリサが何の反応もできないままに、美女がパーティションの向こうへ消える。 「あの、貴方のことは、何て呼んだらいい?」 しばらくの沈黙のあと、 「ミュゼ」 そう言われた。それが偽名であるのはわかっていたが、それでもアリサは嬉しく頷いた。
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