01-02. 極秘の業務内容

 業務期間が二週間ならば、募集期間も二週間と短い。つまり、あまり迷ってもいられないということだ。
 あれからしばらく反対の意を示していたアリサだったが、両親が旅行の手続きを終えてしまい、家にいてもどうしようもなくなってしまった。村の他の飲食店で短期バイトをするという考えもあったが、アリサ的には父親の元以外で修行する気は無かった。それに、村中がアリサを城に行かせようとしているこの現状で、彼女を雇おうなどという村人もいなかった。
 こうまでされてはどうすることも出来ない。アリサはとうとう観念し、募集期限三日前となる今日、アンティフォナ王城の門を叩いたのだった。
「あのう……」
 御触書には一切の連絡先は書いていない。そのため、条件を受けるということを伝える手段は直接城に向かうしかなかった。幸いにして村から城はそれほど遠くなく、馬車で半日もかからない。さて、アポもなしにどうしたものかとしばらく立ち往生する。
 結局のところどうすることも出来なかったため、意を決して門の前に立つ兵士に声を掛けることにした。田舎者にとっては、これだけで超絶勇気ある行動である。
「む、お前も例の件か。よし、入れ」
「え? あ、はい」
 だが、その緊張感も兵士の反応で崩れ去った。彼はアリサの全身を、特に顔をしっかりと確認してそんな風に言ったのだ。
 細かい装飾の、城門がゆっくり開く。人が一人入れるだけの隙間が生じ、アリサはそこをするりと抜けた。



 王国は小さい方だが、やはり城は立派だった。とはいえ、アリサが学校で学んだ内容やおとぎ話の中にあるお城とは異なっている。毎日日光を浴びている壁は当然薄汚れているし、草木が多いだけあって幾重にも絡みついている。それでも、村にはなかった高さの建物と、城内から伸びる二本の塔ーーそれはアンティフォナ王国の象徴だったーーに胸を躍らせていた。
 すぐに、誰かがやってきた。城門を抜けたからといって、目の前に建物があるわけではない。まっすぐに伸びる煉瓦造りの通路と、その左右にいっぱいの花が広がってる。ちょうど今は春であるから、暖色系の花びらがそこらじゅうに咲き乱れていた。
 そこまで周囲を観察すれば、すぐにそれはやってきた。通路の向こう、城内からアリサに人影が迫ってきていたのだ。遠目ではそれがどんな人物かはわからなかったが、さすがにこの距離になれば判断できる。
「はじめまして。貴女のお名前は?」
 アップにした頭部には上品なヘッドドレスをつけている。ネイビーのロング丈なフレアスカートに、白いエプロン。所謂『メイド』と呼ばれる服装だった。
 声は、アリサよりやや低いソプラノだ。身長やその表情も含めて、おそらく年齢自体はあまり大差ないだろう。
 そこまでアリサは考えて……つまりそれだけの時間を要した頃、あっ、と気付いたようにメイドが言った。
「申し訳ありません。私はリート。第一王女クラヴィア・エール・アンティフォナ様付きのメイドです」
 リートと名乗った少女は、自己紹介がまだだったことを詫びた。沈黙に深い意味など無かったアリサは慌てて両手を横に振る。
「そんな、あたしこそぼーっとしていたもので、すみません。あたしはアリサ・ツィクルスといいます。バーレッタ村からやってきました」
「バーレッタ村ならそんなに遠くなかったかしら。それでも、馬車の旅は疲れたでしょう? 中に、あなたたち用のお部屋があります。私についていらして」
 リートはそう言って、もと来た道へと方向転換した。
「リートさん、さっき、『あなたたち』って言ってましたよね? それって、つまり……」
「はい、王様の御触書を見て我こそはと言わんばかりに募集がありまして。しかしもちろん定員がございますから、皆様には結果が出るまで城に泊まっていただいております。お家が近い方は戻られておりますが、ほとんどはこちらにいらっしゃいますのよ」
 多分、この城では訪問してくる金髪女性は皆、同じ目的なのだろう。城兵や王様の反応からも察していたが、どうやらライバルはたくさんいるようだった。これならば、あまり乗り気でない自分など不採用になるだろうと、どこか安心する。それでも、募集期限まであと三日あるし、どういった基準かはわからないが、審査結果が出るまでは寝泊まりする必要があるは変わらない。
「宿泊にかかる衣食住は全て王国側が持ちます。部屋はルームシェア制度ではありますが、気兼ねなくお過ごしくださいね」
 リートはそう言って、とある部屋のドアを開けた。



 その部屋自体は、比較的広い部屋だったと思う。しかし、それに見合わないくらい人でごった返しており、しかもそれはみんな煌めく髪色をしている。
 アリサは思わずくらりと倒れそうになった。だがそこは、これまで村で培った体力に脚力でーー最も、この場合精神的なよろめきであるからそれらが直接関係するとも思えないのだがーー耐える。
「あの、リートさん」
「はい?」
 部屋に入った直後こそ痛いくらいの視線を浴びたが、もうそれもほぼ無くなっていた。これだけの人数、ざっと五十人近くだろうか、毎度気にはなるだろうが、彼らにとってももう慣れたことなのだろう。統計的に考えれば、応募人数は次第に増えていくだろうから、ますます珍しいことではないはずだ。
「これだけ人がいて……採用人数はどの位なんですか?」
 若干、室内が騒ついた。誰もが気になるところだろう。御触書には内容に関する記載が、ないのだ。
 リートは表情こそきょとんとしていたが、やがて真顔になると、右手人差し指を唇に当てた。
「それにはお答えできかねます。三日後、王様からの発表をお待ちください」
 周囲の落胆する様子を感じる。
 ますます厄介ごとではないかと、アリサは嫌な予感を覚えるしかなかった。
 

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