「募集要項。金髪、長さ問わず。碧眼、目つき問わず。年齢、十六歳前後。……何コレ」 彼女が目にしたのは、そう書かれていた御触書だった。 「おう、アリサ。あんたもこの条件にぴったりだろ。どうだい、申し込んでみないか?」 アリサ、それが彼女の名前だろう。顔見知りの誰かがそう言うように、アリサは金髪碧眼で年齢はぴったり十六歳だ。 うーん、とアリサが腕を組み、悩む。御触書の前は村中の人でごった返していたが、そのほとんどは黒髪だ。つまり、一見簡単そうな条件でもそれを満たす人物がそういないということでもある。 何を悩むことがあるのか、と、村人がアリサを訝しむ。 「だって、いくらなんでも胡散臭いじゃない。コレ」 アリサが指差したその御触書の末尾には、発行元が記されている。 そこには、『アンティフォナ王国』としっかり書かれていた。 アンティフォナ王国は、緑豊かで農業の発達した国である。王国配下にある村の数は多い方ではないし、お世辞にも財政の面で余裕があるわけではなかった。それでも自給自足のモットーと動植物との生活は、王国民の心の癒しだったし、それらを不満に思う人はほとんどいなかった。 アリサもその一人で、その小さな村での生活を嫌だと思ったことはない。 「はい、お待ち」 白い皿の上に、雑ではあるが美味しそうな肉料理が盛られて出てきた。差し出された側の人間は、顔をほころばせてそれにむしゃぶりつく。 「うんめぇ! やっぱアリサの料理はピカイチだな」 「お父さんやお母さんに比べたらまだまだよ」 食べ物を口に運びながら男が感想を漏らせば、どこか照れくさそうにアリサが笑った。頭上で結ばれたポニーテールの毛先が、彼女の頬をくすぐっている。 ぱっと見は飲食店のホールのようだ。片手で数えられる程度のテーブルと厨房に面したカウンター。それでもこの店はいつも人で埋まっており、村中で愛されていた。 その、厨房の奥からホールに向かって声が聞こえてくる。 「そうだそうだ。こいつ、焼き物こそやっと一人前になったけど、煮物なんてまだまだだぜ?」 「もう、お父さんったら!」 「ほんとのことだろー?」 アリサの父親はそう言って、再び手を動かす作業に戻る。もう、とアリサが頬を膨らますが、実際のところせっかちな彼女にとって時間がかかる煮物料理は天敵だった。 「でも、アリサちゃんがこれだけ出来るようになったら店も楽だろ、女将さん」 また別の客が、そんなことを漏らす。 「そうね。あの人も、照れ屋だからなかなかそういう言葉が言えないのよ」 応えたのは、アリサと同じ金髪の女性だった。内容から察するに、アリサの母だろう。目元と鼻筋がどこか似ているが、体はどっしりとしていてふくよかだ。 「そしたら女将さん、アリサちゃんがいなくなったらどうするんだ? 人手不足になるだろ」 「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし何処にも行かないわよ?」 客の一人が突如そう言うものだから、思わずうろたえた。彼が、何を言わんとしているかはわかるが、アリサは了承した記憶はない。 「でも、アリサちゃんは条件にぴったりじゃないか。受けない理由はないだろう?」 そうだそうだ、と店じゅうから賛同の声がする。思わず勢いに飲まれそうになったが、やはりアリサは首を横に振った。 「だめ! あたしはここで料理人としていっぱい修行しなきゃなんだから!」 「でも、たった二週間だよ? アリサちゃん、ずっとこの村から出てないじゃないか」 「それに色恋沙汰も全く無いしな」 「お父さんまで!」 しかも父親の発言は御触書の内容には全く関係ないことだった。確かにアリサには生まれてこのかた、そういった類の経験は無い。 アルコールの助けもあってか、客たちは勝手に盛り上がっている。二週間限定の、しかも国王からの仕事は一体なんなのか。もしかして嫁探しなのか。いやいや、アンティフォナ王の第一子は確か娘だったからそれはないはずだ……などと、アリサがどうのこうのという話題はとうに過ぎていた。 そんな様子をざっと見て、アリサは配膳業の手を一旦休めた。カウンターの、一番厨房に近い場所にもたれかかり、軽くため息をついた。 そのそばに、母親がやってくる。 「お母さん……!」 きっと母なら。母ならば反対してくれるだろう。アリサは母親に向き直り、両手を顔の前で合わせた。 「じゃあ二週間、お母さんはお父さんと旅行にでも行ってくるわ。あなたも気をつけて行ってらっしゃいね」 だが、その口から零れたのは……誰よりも強い、肯定の意を込めた言葉だった。
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