11. Wish

「リカード!」
 彼が叫ぶのを聞いた。だが、それよりも多くの足音と彼の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。そして、靴の音。追われる前に彼は駆け出したのだろう。見ずとも彼女には分かった。ワンテンポ遅れてリカードの左右を走り抜ける人達。起きた風で髪の毛がなびく。人の中にはケヒナーとリリィもいた。次女はいつの間に屋敷に来ていたのだろう。ぼーっと考えていたので、はじめは声をかけられていたことに気付けなかった。
「......ド! リカード!」
「はぃっ」
「放心してる場合じゃないわ。この騒ぎで気付いたかもしれないけれど、ジュリアンが屋敷を出て行ってしまったの」
「知ってます」
 久しぶりに見るリリィはケヒナーとは異なった女性らしさに満ちあふれていた。生まれついての直毛は結い上げられており、大きな花飾りが一つくっついていた。耳に垂れる一部分から察するに、髪の毛には巻きがかかってるかもしれない。着ているのは動き易そうだが色と花の模様の激しい反物系衣服であった。
「知ってるって......」
 怒られてしまうのだろうな、と思う。引き止めるどころか誘われたなんて言えるものか。先ほど出て行った人達がぽつぽつと戻ってきていた。ジュリアンの運動神経の良さは、オルガリー家の英才教育の賜物である。生半可の根性じゃおいつけやしない。
「馬鹿ね! なんで追いかけないの!」
「え?」
「私たちが何も知らないと思ってるの? この日のことだって知っていたのよ。でなきゃリリィもこんな時間にいるわけないでしょ」
「あ......は、はい」
 考えれば分かることだ。背中を軽く押されながら三人は屋敷の方へと戻る。リリィも何か仕切りに言っていた気がするがいまいち覚えていない。
「わたしは、あんな風に命令なんてされたくないんです。自分の人生は、自分で決めたいんです」
「リカード......でも」
「ケヒナー様、リリィ様。言うことを聞けない使用人でごめんなさい。リリィ様には久しぶりにお会いできて嬉しかったです」
 ぺこりとお辞儀をする。状況が把握できていない二人をそのまま置いて、リカードは屋敷へと駆け出した。