10. The proffered hand

 どこかでこんな風景を見た覚えがある。
目の前に立つジュリアンは今まで見たこと無いくらい純粋な瞳をしていた。男にしては長い髪の毛をいつものように後頭部で結んで、背中の方になびかせている。時々屋敷を脱走する時に着ている真っ黒な皮の服を身にまとい、右手をまっすぐに伸ばして言った。
「責任なんていくらだってとってやる。だから、一緒に来てくれないか。こんな国出て、自由な国に行こう」
 知りうる限りこの国以外は基本的に平和だった。気候が時期によって変わる四季国、六つの国を全て治めている術者の魔法国、人間と動物の共存する楽園国。武力と権力で全てが決まるのはこの国だけだ。
「そんなの......」
「え?」
「そんなもの、いらない。そんなのわたしは望んでない」
 服の胸のあたりにある留め具をぎゅっと摘んだ。彼の顔がはっきり見えない。見ることが出来ない。リカードはこみ上げる思いを必死で堪えて、泣いてしまわないように自分を奮い立たせた。
 あまりにも、嬉しかったのだ。
 いつも意地悪しか言わないし、優しい言葉も、自分を必要とする言葉なんてもらったことがない。いつもジュリアンがとっかえひっかえしている女性達に比べて、自分は身分だって高くないし、綺麗な装飾品だって身につけたりしない。着るのはいつも通りのラフな私服かこの服で。一緒にいても嫌な重いしかさせない。たとえジュリアンが差し出した手の意味が、使用人扱いだったとしても、そんな風に言ってもらえたことが本当に嬉しくて。
「望んでない」
 でも、そんな風に指示されて動くだけの女になりたくはなかった。ジュリアンに背を向けて、屋敷の方に近づいて行く。