09. Turning point

 しばらく日が過ぎて、授業の一応最終カリキュラムを終えた。ワープの術の件を話したら師範は苦笑したけれど、いつか取りかかれるようにカリキュラムを組んでもらおうと言っていた。これはまた近いうちにこの屋敷に居座ることになるかもしれない。そんなわけでこれから部屋で荷物をまとめ、暗くなる前には我が家に帰ろうかなー、などと思っていると、ベッドメイクを終えた使用人がドアの前に立っていた。
「どうしたの?」
 この数日は特に問題は無かったはずだ。ケヒナーは父親の商談取引に勉強のために連れて行かれて今朝帰ってきたばかりだし、ジュリアンも何をしているのか相変わらず不明。夢もカバが空を飛んで月の兎を背中に乗せたら馬になってしまったとかいうわけのわからない夢だけで、うなされることもなかった。
 心当たりがあるとすれば、先日ケヒナーに漏らしたジュリアンの悪口が誰かに聞かれていたときだ。
「あ、あのあれは本音ではないのよ。ただちょーっと思ったことを言っちゃったっていうか」
 それを本音というのです。自分で言って自分で突っ込む。焦るリカードと裏腹におずおずと使用人は包みを差し出した。反射的にリカードはソレを受け取ると、そのまま使用人は走り去って行く。
「一体なんなの?」
 片手で後頭部をぽりぽりかきながら、とりあえず部屋に入る。チェアをひいてデスクの上に包みを置き、中身を取り出した。小さな白色の正方形の箱と、メモ用紙が現れる。箱を開けると、金色の小指の爪サイズの十字架のネックレスがちょこんとあった。リカードはこれを教科書で見たことがある。魔力増幅アクセサリーで人気のメーカーの商品だ。
「うぇええっ?」
 あまりにびっくりして変な声を上げてしまう。差出人を確認すべく、メモに手を伸ばした。残念ながら名前は記載されていない。美麗な字で、たった一言。
『今から家出る。ついてこい』
 どっからどうみてもジュリアンの字だ。
 あわてて屋敷を飛び出した。リカードの居室は二階だったので階段を下り、扉を開けた。建物を抜けても池や木があるのでまだ外には出られない。年中咲いている桃色の花が丁度いい感じに満開で、門に向かって花道を作っている。警備があるわけではないので、そのままその道を走った。門の影に見える赤い髪の毛。
「ジュリアン!」
 声に反応して振り向く彼はいつも通りの仕草で片手をあげた。
「な、なにやってんのよ! あの手紙と、これは何!」
 ずっと握りしめていた金色のネックレスのチェーンを持って、ぶんぶん振り回した。唇の端をあげてジュリアンが笑う。あんまり大声をだすと気付かれてしまうだろ、そんなことを言っているみたいだ。あんたなんていなくなればすぐ気付かれるわよ、とは言えない。
「リカード、一緒に行こうぜ」