06. A temporary lunch time

 いつの間にやら。二人の目の前には何故か湯気を立てるオムライスが鎮座していた。
「ひゃふー、うまそー。おい、リカードもとっとと食べろよ。この後に差し支えっだろー」
 銀色のスプーンを右手でひっつかみ、はふはふしながらジュリアンはライスを掻き込んだ。
 半熟の玉子焼きとビーフシチュー仕立てのソースがいい具合に絡まり合い、一層とろみの深いものにしていた。
 連れて行かれた店はオルガリー家とリカードの家の丁度中間の位置にあった。この国にはあまり見かけないペンション風な建物に、比較的大きめのフロア。入り口を抜けると目の前が厨房になっていて、そこから葉巻を使用するかそうでないかで席を左右に分断していた。二人は窓際一番奥に通される。比較的大きめのスクエアテーブルには白いテーブルクロスがかけられており、小さな鈴蘭型のランプが天井からつるされていた。お昼のピークは過ぎてしまったのでそこまで混み合ってはいないが、お客の数は決して少なくはない。
 猫舌のリカードはホワイトソースとライスを少しずつ混ぜて冷めるのを待ちつつ、目の前の男を見ていた。いくら女ったらしでどうしようもないジュリアンだが、ご飯を掻き込むことすらやはり上品だなぁとしみじみ感じる。いいとこの人間というのは細かいところで仕草が違うものだ。
 とりあえず一口。
「あ、美味しい」
「だろー?」
 不覚にも感想を漏らす。オムライスに罪は無かれ。結局多少の熱さに耐えてあっという間に平らげてしまった。運ばれてきたコーヒーを啜りながら、ジュリアンが言う。
「術とか、どーなん? 結構使えるようになったの?」
 少しひりひりする舌に水をかけつつ、リカードは視線を空中に投げた。
「まあ、少しくらいね。明かりになりそうな光くらいは簡単に出せるけど、料理が出来るくらいの火はまだ安定しないかなぁ」
「俺そこらへん素質ねーからわかんないけど、光が出せるくらいの能力があれば、ワープの術とか使えるんか?」
「はぁ? あんた何言ってんの。ワープの術なんか使える訳無いでしょーが」
 ワープの術というのは、いわゆる移動系の高等術のことである。この世界合計六つの国はそれぞれが独立した空間にあり、それぞれの行き来は術でしか行えない。陸海空路全ては国の中だけの移動手段なのだ。もともと国がそれぞれとても大きいので行き来する必要はほとんどないので、生涯ずっと他の国に行かない人が大半である。時期によって気候が変化する四季国は生産食物の関係で、六つの国全体を統率する大和家のある魔法国の二国はその性質上他の国よりも出入りが激しいとされるが、それも専門的な人に限られたことにすぎない。
 それ故に術者は国から正式な許可を受けて、移動屋を行う場合もある。しかし高級術を舐めるなかれ。移動にかかる金額は高い。術者の魔力を物に埋め込むことで発動させる道具は更に値段が跳ね上がる。
 そんな術がリカードに使えるか。出来る訳がない。
「師範には修行次第とは言われたけどね。今回の授業だけじゃ無理よ。それこそ自主訓練も必要だし、魔力を増幅させる装飾品の補佐も必要だと思うし」
「よくわからんけど、いつか使えるようになるってことだよな、その話だと」
「まあ、間違っちゃいないけど」
「ふーん」
 なにやら考え込むジュリアン。
「だいたいねぇ、ヒト一人を高速移動させるのよ。魔力もぎとられよもぎとられ」
「え、ワープの術って分子分解レベルの仮想じゃないの?」
「それは魔法レベルの話よ。そんなのいくら魔力があったって足りないわ。いい、ワープってのはね、人間の周囲の空気を数ミクロン単位で圧縮させるの。高速移動に耐えられるようにして、その状態で瞬時に移動させる。国を行き来するときは圧縮率も持続時間も長く必要だし、国越えのために別の性質も必要になるからちょっと大変よ」
「へー。俺てっきりすごい早さで微粒子分解して、移動後高速結合してると思ってたよ」
 どんだけバラバラサイボーグなんだと。
「それはさすがに無いと思うけど......わたしも化学を専門にしているわけじゃないしね。興味あるなら今度家庭教師に聞いてみたら?」
 そーだねー、などとそんな気の全くない返事をしてジュリアンはコーヒーを飲み干した。リカードも人からしたらそんなぬるいの飲めませんレベルのコーヒーを口に運ぶ。
 わたしが魔力のある人なら、旅行のひとつも連れてってあげるわよ。
 昼ご飯代はジュリアンが払った。