05. Julian

 件のジュリアンというのは先述の通り、オルガリー家三姉弟の一番下でありながら、唯一の男性である。リリィが生まれた時、家はケヒナーを男性に負けず劣らない性格の持ち主として育て、跡継ぎとするように決めていたが、しばらく年が経ってジュリアンが生まれた。跡取りは男性に拘る何人かが彼に跡を継がせようと考えているものもいるらしく、ケヒナー派、ジュリアン派などの派閥もある。いわゆる「お家騒動」というやつだが、ケヒナーはどうでもいいと思っているし、ジュリアンは断固拒否をしていた。
 特にジュリアンに至っては性格がこざっぱりしているというのに加え、生まれてすぐの英才教育にうんざりした点が拒否の原因だろう。同世代のリカードが見てもそのスパルタぶりは強烈であり、逃げ出す彼に暴力をふるうこともまれにあったのを知っている。それでも家を出ないのはまだ若いからというのもあるし、彼は姉二人とは中が良かった。ケヒナーは何かあるとジュリアンをかばってくれたし、リリィは自分に跡継ぎ問題が降りかからず、街で店を営んでいる事をジュリアンの出産があったことだと気にしているためである。ジュリアンはそんな姉たちが大好きだった。
 そんなわけで暴力沙汰にはもうならないにしろ、基本的な教養のため一通りの学問を午後いっぱいで終え、家庭教師が帰ったあとにジュリアンが屋敷を抜け出すのはほぼ日常茶飯事になっていた。明け方に戻ってくるのもまた然り。そこで睡眠を貪れば、昼を少し過ぎたこの時間に活動を開始するのが通常通りという感じであろう。
「お、リカード」
 なので、こんな風に廊下で会ってもなんら不思議では無かった。
「......」
「珍しいな、昼休憩? あ、丁度良かった。これからメシ喰うんだけど一緒にいかね? 昨日美味い店キャンディちゃんに教えてもらったんだよー。こないだもナンシーちゃんやペコちゃんが教えてくれた店、美味かったしな。なかなか信頼ある情報だぜ?」
 十四歳の男性にしては少し高めの声。リカードと色違いの服だが、首もとの留め具は外されていた。タートルネックの白シャツが覗く。そのまま掌をぷらぷらさせながら歩み寄ってくる。うなじよりやや高めの位置でひとつにまとめられた髪の毛が小さく揺れ動いた。
「ずいぶんモテるのですねぇ」
 やばい。すごい機嫌悪い声だわ。
「なに、ヤキモチやいてんの? かわいいなーリカード」
「だ・れ・が! 天地がひっくりかえってもそんなことあり得ないから。ほんっと勘弁してよね」
「ふっふーん」
 方向はさほど問題ではなかったので、リカードはジュリアンに背中を向けて歩き出した。あわててジュリアンが追いかけてくる。リカードはヒールのあるブーツであったし、ジュリアンも厚底のブーツだったので、二人の足音がパラパラとツルツルの廊下に響いた。今日もオルガリー家の清掃担当はばっちりだ。心の底から褒めたたえたい。
「ちょっと! ついてこないでよ!」
「っても、俺が向かってたのこっちなんだけどー」
「ぐああああああ」
 リカードとジュリアンは年を同じとする、いわゆる幼なじみというやつである。身分的な問題で婚姻関係を結ぶとかそう言うのではないのだけれど、小さい頃からジュリアンの近くにいるリカードは、オルガリー家の幹部周辺に将来的に補佐官としてつくことになると思われていた。オルガリー家での彼女の扱いは『客人以下使用人以上』というのが近い。
「でも、ホント授業どうしたんだよ。なんかあったんか?」