04. Professor

 ケヒナーの聖母のような笑顔に、リカードは自分がとても恥ずかしくなってしまった。この国には階級差があるあまり、人を見下したり権力に全てものを言う人が多くて、非常に居づらいと思う国なのであるが、ケヒナーのような出来た人がいると思うとまだまだ捨てたものじゃないな、と思う。
 それに対してジュリアンは......。彼の事を思い出してまた我を忘れそうになってしまう。雑念を振り払うようにリカードは腕を振り下ろした。
 じゅっ
 音と同時に本当に掌以下のサイズの火の玉が現れた。武道場のような木の板張りの部屋にいるので、小さな炎でも明かりが目立つ。二秒ほどで消えてしまったが、確かにそれは炎だったたったそれだけなのに一気に体力を奪われてしまい、リカードは肩を上下に激しく動かしている。
「なかなかじゃないか」
 そう言ったのは、リカードと対面して立っている、やや年配の男性だ。がっしりとした腕を組み、うんうんとか頷いていたりする。服装はリカードとは違った緩めの布で、これはオルガリー家次女リリィの店で販売している反物の衣装の一種であるとか言っていた。
「あり......がとう......ございま......す」
 汗が頬を伝う。低めの天井とそこから漏れる人工的な明かりがうっとおしいと思った。
 今いる室内はそんなに広い訳ではない。木の板張りの小さめの小部屋で、窓が数カ所にある壁には難しい文字をつらつらと書き記した白い用紙がくっついていたり、高価そうな壺に花がはいっていたりした。
 まだ息の荒いリカードを休ませるように男は言葉を続ける。
「なんだか今日は結果だけみるといい感じだけれど......なんだか心が荒れているな。何か嫌なことでもあったか?」
「そんなことは......」
 言って、今朝の夢を思い出す。唇を噛みしめて、指先で自分の水色の毛先をつまんだ。その仕草だけで男は自分の予想が的中したことを悟ったのだろう。腰に手をあててうんうんと頷いており、リカードに近づいてきた。
「迷いのある術は迷いのある結果を生む。それがたとえ不本意であっても、だ。今日はもう、授業は終了にしよう。部屋に帰って休みなさい」
「......師範には、全てお見通しなのですか」
 開始してからそんなに時間は経っていなかった。いくら術......この世界で広く用いられている非科学的な技術のことであるが、これを使うことがヒトに負担を大きくかけようとも、とても短すぎる時間であったと思う。
 けれども師範の言うことは間違ってはいなかった。術の使用者は基本的に家系で決まる。オルガリー家のように全く術の素質が無い家系もあれば、国を統率するとされる大和家のように高い術力を持つ家系もいる。そしてまた、リカードのように数年に一度、わずかな素質を持っ たものが生まれるという家系もあるのだった。加えて術はそれ専門のところで訓練を受けたり学んだりしなければ習得するのは困難である。オルガリー家は術の素質がない分、他の国から術者を雇っていた。国と国を行き来するのに移動手段としての術は欠かせないものであり、リカードは将来オルガリー家に仕えることが出来るように訓練を受けていたのである。
 自分に与えられた才能ですら、感情によって左右されてしまう。リカードはいつになくそんな自分に落ち込んでしまった。自分の顔と床が平行になってしまい、気分はさながら空気に触れたナトリウムのようだった。
 そんな彼女を励まそうとしたのだろう。髪の毛が少しだけかかっているリカードの肩に手を置いた。
「まあ、気にすることではない。この家は君にとっても居心地がいいとはいえないだろう。ご子息と息抜きでもしてくるがよい」
 ご子息。つまりまたジュリアンのことだ。どいつもこいつもジュリアン。
 師範、その励ましは逆効果です。
 リカードは胸中で呟いた。