02. Grace and dignity

 濃いブラウンの軍服のような服装と、タイトスカート、黒のヒールのあるブーツ。初めて見る人がみたら彼女を軍人と間違えたかもしれない。特にこの国は、この世界では一番武力などの権限に強い国であり、権力差が非常に重視される国であったため、先述の誤認識を際だただせるには十分であるといえた。
「おはよう、リカード」
「おはようございます、ケヒナー様」
 廊下の向かいからやってきたのは燃えるような赤毛の女性だった。リカードとは違って、簡素であるが素材の良い黒のドレスを身にまとっており、仕草ひとつひとつに気品をかんじさせるものがあった。
「何度もいうけど、様、とかそういうのはあたしたちの間では無しといったでしょう」
「ですが......やはりそういうわけにはいきません。ケヒナー様は、ここオルガリー家の第一子です。わたしのような使用人に術を学ぶ機会を与えてくださっているのですから、呼び捨てになど出来ません」
 その言葉に、ケヒナーは悲しそうな顔で目を細めてしまった。右手を頬にあてて、微量の息を吐き出す。
「本当に真面目なのね。じゃあ、術の学問が終わる頃......たしか三日後とかそのくらいよね。そうしたら貴女は恩とか考えなくて済むでしょう」
「いえ......そんな......」
 先程も述べた通り、この国は非常に権力に支配されている。国は王の治めている城を中心点として、円構造をしていた。城に近ければ近いほど身分は高い。離れれば離れるほど身分が低くなっていき、それ相応の対処がなされる。
 オルガリー家は城に最も近い円上に存在する屋敷で、いわゆる上流貴族だった。リカードの家は下流までは行かないが、中流の上の方に値する貴族である。しかしされど中流。オルガリー家で働く使用人や、近隣の屋敷の人達に奇怪な目で見られることも多かった。
 ではなぜ彼女がここ、オルガリー家にこのように出入りしているか。それは母親同士が同郷の幼なじみであることに起因している。彼女らは二人とも他の国からこの国へやってきて、それぞれ運命の相手と恋に落ちて結婚した。そんなわけでリカードからすれば階級うんぬんというよりケヒナーもその両親も、身近な人間というわけなのである。残念なことに誰もがそれを理解しているわけではないのだが。
「今日は何時までなの? お茶くらいできるかしら」
「いえ、ですからそういうわけにはいきません......」
「昨日、とっても美味しいと評判のクッキーをいただいたのよ。天気もいいし、一緒にテラスで食べましょう」
「......」
 リカードの思いなんてお構いなしにケヒナーはうっとりと話し続ける。
 オルガリー家には三人の子供がいるが、彼らに共通するのは髪の毛の色と、強引な性格であるとリカードは思っていた。次女のリリィは屋敷を出て、この付近で洋服屋を経営していたりする。なんでも、母親の故郷の国で有名だという反物に惚れてしまい、この国で普及させようと張り切っているそうだ。