+ Prologue_1 +

間もなく日付が変わろうとしている。今夜は満月だ。雲がかかりぼんやりとした丸い月を空にして、女が屋外に立っている。年齢は十代半ばくらいか。もうすぐ雪でも振り出しそうな一月の夜は肌寒く、彼女はグレーのダッフルコートに紺のプリーツという姿をしている。その表情は怒りとも悲しみともつかぬもので、水色の歩道橋から車道をじっと見下ろしていた。

午前零時近いというのにも関わらず片側二車線の道路にはちらほらと車の姿を見ることができた。彼女の丁度右手側には線路があったけれども、既に明かりが消えているところから察するにあまり電車交通網は栄えていないのだろう。

歩道橋の端に置いた手に力を込める。

『お父さん、お母さん……ごめん』

彼女に心残りがあるとすればそれだけだった。ここまで立派に育ててくれた両親に対する謝罪の気持ちだ。けれども現在置かれた状況を打破するためにはこれしか手段が見当たらなかったのだ。死ぬかもしれないというリスクこそあったけれど、奇跡的に怪我止まりで済むかもしれない。

決めた以上は実行せねばならぬ。震える両足をこらえ、彼女は体を乗り出した。肩よりやや長めの黒髪が頬を伝って顔の正面にのぞく。次に目を覚ますときは病室か、それとももう二度と目を覚ます事はないか、などと考える。スカートからのびるニーソックスの右足が歩道橋の手すりにかかり、瞳を閉じて腕に力をこめたその時だった。

とても眩しい光が歩道橋を中心に発生したのだ。

「!」

思わず思考と動作を止めて、何が起きたのかと目を開ける。

「お主、誰じゃ?」

同時に聞こえたのはそんな声だった。まだ声変わりをしていない少年の声で、それは前方から自分に向けて発されたものだと、そのときはまだ考えを働かす事が出来なかった。

というのも自分の目の前、つまり空中にふわふわと球体が浮かんでいたためで、なるほどどうやら光源はその球体らしい。それだけならただの天変地異で済んだかもしれない(といってもそれも十分怪奇現象であるのだが)が、彼女の思考を超越したのはそんな事ではなかった。

球体は非常に大きく、座った小学校高学年くらいならすっぽりとはいる事ができただろう。思考の働かない状態でなぜそんな風に考えられたかというと、現在その球体の中で、腕を組みふんぞり返る少年が一人、胡座をかいて座っていたからだ。

「うぇ?」

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