「私も……さすがに貴女にここまで口をきけるとは思っていない」
そこで、王が静かな口調でつぶやいた。
「自分の立場はさすがに自覚しています。ただ、自分側に複数味方がいるから貴女にここまで言えた」
キンチは魔術力は持っていなかったが、魔術力探知の能力は修行によって身につけている。撫子が現在発散している魔術力は彼女の持っている全体の十分の一にしか過ぎなかった。そしてそれには貴族国の最高の魔術者を何人集めても敵うことがない。
更に言えばこれだけの現象を起こすための魔術力に無駄が無いのである。自分たちが息をし、怒るときに出る汗などが、そのまま魔術力の放出となっているのだ。
『この城など、本気になったひとひねりのくせに』
考えて身震いした。
彼女が本気ならば計画を力ずくでねじ伏せることも可能である。だが、それをしないのは、犠牲者を出したくないという彼女の気持ちの表れでもあった。まったくもって甘い。上に立つ者、意志を通したいなら力に頼るしかないということをわかっていないのだろう。
「まったく」
だが、そんな彼女だったからみんな慕ってこれたのではないか。
自分はどうしてわざわざ彼女を呼びつけて、こんな話をしたのか。
「例の娘はもうすぐ、この館の門にたどり着く。撫子様、これは我々と貴女達のゲームだ。失国を消滅させるか、それとも貴女の言うような、理想が通るのか」
魔術力のあふれがやんだ。始まりにくらべてそれはおだやかで、空中に浮いたインテリアは落下を免れる。そっと、それぞれが元の場所に戻る。
撫子は立ち上がったまま、ドアに向かった。キンチの左側をすり抜ける。
「計画に使われた少女の名は、カナ・ロザリオ」
それだけ、それだけのつぶやき。
ドアが開いて閉められるのと、王が冷や汗をかくのはほぼ同時だった。
「さて、どうする?」
それは誰に向けられたものか。