「あのう……」
どうしてそこまで観察できたかというと、相手が一向に動かなかったからである。やや見上げるように上げた顔からうっすらと桃色の唇が覗く。
『やばいかしら』
とりあえずローブの下から伸びるほっそりとした白い腕をカナが掴もうとして、しゃがむ。
「あ……」
そこでようやく女性は再び状況を理解したのだろう。胸に手を当てて息を吸い込む動作をして立ち上がる。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
カナが繰り返し尋ねる。ほぼ同時に後ろの方からどやどやとした複数人の足音と声が聞こえてきた。
『……まさか、彼女が撫子様?』
出で立ちと迫ってくる何らかの人物という点から、そんなことを考える。
「や……」
「やっと見つけた!」
発しようとした言葉は何故か別の方から投げられた。声は随分と聞き慣れたものだった。
「アイリ?」
「一体どうやったらこんなところに出て来れるんだよ……」
走って来たのだろう、旅慣れしているためか息は切らしてはいなかったものの、大げさに振る舞うその腕には汗がにじんでいた。
カナが壁の扱いとなっている為、アイリ達は女性にはまだ気付いていないようである。
「やっぱり、カナ……」
ふと、女性がそこで初めて口を開いた。カナより高いソプラノで、ガラス細工のような声だった。