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Story - 3rd:Nadeshiko is the Magic Country Queen [04]

第3章 魔法国の撫子様 [04]

 会話が途切れるのを見計らっていたのだろう。制御室、つまるところ魔術車の運転室から声がした。 これだけ混雑している中で余所見は危ない。思い、撫子は注意しようとしたが、窓から見える景色が変化していないことを確認するとその言葉を飲み込んだ。 もはや運転士が何を言いたいかも分かる。しかし、
「何かしら」
 一応確認しておく。
「道があまりに多くの人のせいで通行が困難になっております。このまま進むとすれば」
「時間がかかってしまうというのね。だから私は元から術を使って移動すると言ったのに……」
「しかし撫子様。当主たるもの定期的なパフォーマンスは必要です。本来ならば天井を取り去った魔術車に乗り、撫子様が手を振って国民に応えるという計画でしたじゃありませんか。 それを体調がよろしくないということでこのような形になったわけです。国民がお姿を一目見ようと躍起になる気持ちも、察してくださいませ」
 侍女が運転士に倣ってそんなことを言った。興奮している彼女の様子とは対照的に、撫子はしらけた素振りで脚を組む。スリットから白い脚が伸びた。その様子から体調の悪さを感じる事はない。
「でも私は窓の外から顔を出していないし、これからもそのつもりよ。だったらここに居ることは無意味でなくて?」
 事情を知らない人が見たらただの高飛車な女性だ。だが、重なる公務の多さを知っている運転士や侍女は彼女の気持ちも理解できる。そのためそれ以上は何も言えなかった。
 撫子の口調は心の奥底の不機嫌さを強調するのには充分過ぎた。言葉に魔術力はこめられていない。そのはずなのに、侍女は背中にぞくりとする感覚を覚えないわけにはいかなかった。 これが魔術力の最高峰、大和家当主が持つ瞳の強さと言葉の力だ。それらに圧倒されて、侍女はそのまま肩をすくめた。
 そんな彼女を見て撫子がため息をつく。いつの間にか運転士は前を向いており、車はゆっくりとだが前進していた。 固く閉め切ったカーテンに再び隙間を作る。変わらない景色を一瞥した後、撫子は両手をかざすように胸の前に配置させた。桃色の唇が微かに開く。
「……以上を宿し力よ、聖の守護神達よ。聖属性(せいぞくせい)当主、大和撫子が命ずる。……飛べ!」
 最後の叫びは決して大きな声ではなかった。が、言葉と共に張りつめていた空気がぴん、と音を立てて弾ける感覚をうむ。 無論、実際に音が生じた訳ではなかったが、その衝撃はまるで水素が燃えたときに起こる現象を想像させた。
 侍女は先程まで恐れていた女性をうっとりした瞳で見上げる。熱に浮かされたように頬を少し紅潮させて、今は誰もいない向かいのソファーを見つめる。
 運転士はその様子を耳だけで感じ取り、正面の窓から見える国民を見つめて少しだけ謝った。
 君たちの崇めている対象は、もうこの車には乗っていないのだよ、と。

 

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