「お」
アイリの視線が、カナの背中側に位置する廊下に面したドアに向けられた。声に反応してカナの体がぴく、と動いた。
物音もたてずに彼はやってきた。そうして何ごともなかったかのようにカナの隣の空き椅子をひく。
腰を下ろすと同時にカナがリョウを見た。
「ねえ、ねえ、どうしたの、昨日」
声に応答してリョウもカナを見る。隣同士に座っているのに向かい合う姿勢になって、二人がしばらく目を合わせていた。
わくわくしているんだか、心配してるのだかわからないカナの顔が非常に眩しい。
リョウは何も言わずにテーブルに顔を戻した。
「この様子じゃ、平気じゃない?」
「うん……」
がっくりと肩を落とす。
『隣にいるのに、何も聞けないだなんて……』
無関心そうにアイリに言われたのが拍車をかける。仕方なしにカナも朝食を食べることにした。
話はない。黙々と食器の音だけが部屋に響く。たまに君楊の小言なんかも聞こえて、それだけだと非常に気まずい空気だ。
だが、そう思うのもカナだけのようで、アイリは全く気にしていない様子だったし、リョウは気にしないというよりそこに誰もいないかという様子である。
それまで周りと比較的友好的な人間関係を築いてきていたカナだったのでこの沈黙は非常に重すぎた。
『そういえば……あたし、リョウの事何も知らないんだよね。まあ、アイリの事もそうなんだけど。なんとなく、なりゆきで……。なりゆき。……無茶苦茶ね、あたし』
大きなため息をつきたくなるが、それすらも面倒くさく思えた。
「ねえアイリ。君楊って何も食べないの?」
なんとかしてむしゃくしゃした気持ちを一掃しようとし、全然関係ない事を言ってみる。
「僕は御主人様の精神力で動いていますからね。人形ですし。何も食べないですけど擬似的に食べる事は可能です」
「あ、人形なのよね……」
今更ながらに、そんなことを思う。自分でそういう質問をしておいてその回答もどうかと思うのだが、それを考える気力は無かったし、誰もつっこんでこなかった。結局再び部屋は静まりかえることになる。
でも、出会って直ぐの関係なんだから、こんなことは当然なのだ。